【歴史探訪】-KAATの下に眠っている明治時代の横浜市街地の遺構

KAATとNHK合同施設にある、明治の遺構とは

2011年に山下公園の近く、神奈川県民ホールからも近いところの本町通り沿いに、KAAT神奈川芸術劇場とNHK横浜放送会館の合同施設が建てられました。

この施設の近くには、1883年に着工され、関東大震災で大半が崩壊しても一部が残り、2001年に神奈川県の重要文化財に指定された『旧居留地48番館』という施設があります。

ここで、明治の頃の横浜市の地図を見てみましょう。

新撰横浜全図再版

新撰横浜全図再版_部分(横浜市中央図書館所蔵)

地図中の黄色く塗られた市街地の部分が、1859年開港時から1899年までの間設置されていた『外国人居留地』です。

大きさは他の開港地をしのぐ日本最大級の外国人居留地で、波止場を中心にして西洋風の建築物が整然と建ち並ぶ、異国情緒溢れる街並みだったそうです。

さて、この地図の中にある、今のKAATとNHKの合同施設があるあたりを拡大してみました。

新撰横浜全図再版②

新撰横浜全図再版_部分拡大(横浜市中央図書館所蔵)

この図の中、赤線で囲まれた部分が、ちょうどKAATとNHK合同施設建設地の敷地に相当します。

合同施設を建設するにあたり、県や市の文化財保護担当の関係者より発掘工事をしたいとの意見が出たことは容易に想像が出来ます。

やはり、この合同施設を建設着工する前、2007年に建設予定地での発掘工事が行われ、この辺りにあった外国人居留地の建築物遺構が多く見つかりました。

やはり古い地図からの推察通り、48番地、53番地、54番地、55番地の遺構が多数見つかりました。現在これらの一部が、KAATとNHK合同施設のマリンタワー側の壁面に展示陳列されています。

今回、これら展示陳列されている遺構と、元から保存されている『旧居留地48番館』を訪ねました。

KAATとNHK合同施設横の陳列物

ここにある陳列物は、そのほとんどがレンガ造りと石造りのものばかりです。

それは、開港して数年後の1866年11月に発生した「豚屋火事」で多くの建造物が被災を受け、その後の建築物には高い耐火性をもつことが、この外国人居留地には要求されたからです。

よって火災後の明治期には、耐火性の高いレンガ造りの西洋建築が建ち並ぶようになりました。

レンガ造りの建造物は耐火性に優れていましたので、その後の火災でも西洋建築は持ちこたえられたのですが、それほど耐震性は高くなく、大正期に入ってからの1923年9月に発生した関東大震災で、大半のレンガ造りの西洋建築は倒壊してしまいました。

これらの遺構は、現代の地表のアスファルト層を50cm近く掘り進んだ先にある関東大震災での瓦礫層を、さらに50cm近く掘り進んだ先にある焼土層のところから見つかったそうです。つまり、現在の地表から1m程度地下に潜ったところにあるそうです。

これは48番地跡から出土したもので、地下室の壁の一部だそうです。イギリス積みという手法でレンガが積まれています。

その他48番地跡からは、ラムネの瓶やジャム・マスタードの入っていた瓶、たばこ道具などが見つかったそうです。

48番地にはJ.P.モリソン商会というダイナマイトなどを扱っていた会社の商館が建っていました。

これは55番地跡から出土した、レンガによる基礎部分です。重量がかかるところには、レンガを互い違いに配置していました。

さらにもっとしっかりとした構造にさせるために、鉄筋を打ってあるところもあったそうです。

55番地にはコッキング商会のイギリス商館が建っていましたが、多くの商館が建ち替わっていましたので基礎部分が複雑になっており、どれがどれと厳密に判断することが難しい状態だそうです。

その他、55番地に遺構には、蒸気を通すために耐火性のレンガを使用していたところも見つかりました。

54番地跡にはクニフラー商会、のちにイリス商会となるドイツ商館が建っていました。ここではドイツ商館の名の通り、ドイツタイルが多く使われたそうです。

53番地跡には、ドイツ系商会、中国系商会、米国の聖書会社が建っていたそうです。

赤レンガによる基礎の他にもこんなものが見つかりました。

これは48番地跡から出土したものですが、このような井戸状に長方形の礎石を並べた遺構が出土しました。内側が円形になるよう、丁寧な加工がされています。

この他にも48番地跡からは、重厚なレンガ造りの地下室跡や、切り石造りの地下室も出土しています。

これは切り石造りの排水装置です。桝(マス)状になっていて、排水を一時的に溜め置きます。こうすることによって、害虫や臭気の発生を抑えられたとのことです。

さて、KAATとNHKの合同施設が建ってある真下は、関東大震災までは『駿河町通り』という通りがあり、現在もある本町通りと並行して通っていたそうです。

残念ながら震災後の区画整理で、その『駿河町通り』は廃止されてしまいました。

『駿河町通り』の両側には写真のような側溝が配置されていました。

さらに『駿河町通り』の真下には、写真のような下水管(左)やガス管(右)が敷かれていました。先ほどの側溝の設置といい、近代的な構造の街路だったようです。ちなみに下水管は瓦と同じ材質の瓦管で、ガス管の方は鋳鉄管です。

このように街路の下にインフラを通す設計を行ったのは、横浜公園の設計を行ったブラントン氏でした。

ところで、近代的だったのは『駿河町通り』だけではなく、他の街路、例えば本町通りも近代化されていて、

  • 歩道と車道が分かれていて、
  • 歩道にはガス灯が設置され、
  • 歩道と車道との境目の側溝があり、
  • 歩道にも車道にも側溝に向かってスロープが作られており、
  • 雨水などの排水を良くする

工夫がされていたそうです。

遺構からは写真で見るように、震災で破壊された建物の断片も出土しています。

その断片を観察しますと、レンガだけの建物というものではなかったようです。表面はレンガで敷き詰められていますが、その内側は軽量コンクリートだったようです。

レンガは、暖炉など熱が加わるところには耐火性の白レンガを、その他の建物ほとんどの部分は赤レンガが使用されていました。

こちらも震災で倒壊した建物の断片です。左側の赤レンガの断片には、モルタルを吹き付けている跡が見受けられます。

右側の断片は、震災直後の復旧工事で排水設備に転用された切り石です。大震災の瓦礫を転用した例も見つかっているようです。

県民ホール側の、旧居留地48番館

明治の外国人居留地の遺構は、KAATとNHKの合同施設の中華街側の壁面辺りだけではなく、その反対側、すなわち神奈川県民ホール側の敷地角にもあります。

『旧横浜居留地48番館』と呼ばれているものです。紅茶やダイナマイトを取り扱っていたJPモリソンの、事務所兼住宅でした。元々は現存する部分の、横幅に2倍、奥行きも2倍あり、さらに上へは2階建てという建物でした。

しかし、関東大震災によって建物の大半が倒壊してしまい、その後安全に維持保存するために、現存する部分しか残さなかったそうです。

現存する部分は、震災直後から1978年までヘルム兄弟商会が所有管理し、その後2001年に神奈川県の重要文化財に指定されました。

県の重要文化財に指定されたのは、横浜市最古のレンガ建築であることが判明したことによります。

内部の様子を覗いてみましょう。内部はこのようになってます。

この陳列されているものは『小屋組トラス』と言って、震災後に残った部分の屋根などを補強するために使用されていたものです。

現在は、建物の変遷の様子として展示されています。

建物の正面に遺構を置いて、当時使用されていたレンガの積み方が示されています。

これは『フランス積み』という積み方で、レンガの小口面(小さい面)と長手面(長い面)が交互に見えるように積まれています。

終わりに

KAAT・NHK合同施設を建築する際の発掘工事で、こんなに沢山の明治大正期の遺構が出土しました。

この山下町一帯の建物の下1メートルにも、このような遺構がたくさん眠っているそうです。

今回のKAATとNHKの合同施設を建設するような大規模な建築工事が、山下町一帯で行われると、このように明治期の外国人居留地の名残となる遺構が発掘されることもあるのかも知れません。

明治の横浜を知る、貴重な遺跡でした。


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この記事の著者

佐野 文彦

佐野 文彦博士

滋賀県で生まれ、学生時代を福井で過ごす。社会人になってからは、横浜を生活拠点としている。本業の傍ら、ジャズやゴスペル・ファンクなどでサックス演奏や、コーラスグループでの合唱活動も行っている。横浜が自分の歌や演奏で満ち溢れるといいなどと、大風呂敷な夢を持ち歩いている。彷徨うような街歩きが大好き。

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