2014年9月19日(金)

現代で考えると関内は広いと分かったので関外新聞はじめます!

2013年12月2日に関内新聞を創刊してからの数々の取材を通じて、理解し始めたたくさんのこと。現代の関内というイメージに合わせ、また歴史的な「関の内と外」という意味を鑑み、共に横浜をけん引してきた関外地区の情報発信も始めることにしました。

看板

横浜が好きで、関内を飲み歩くのが大好きで、この街をこよなく愛している気持ちが押さえきれなくなり、2013年12月に「関内新聞」を勝手に創刊しました。

創刊から10ヶ月に渡り、地域やイベントに関する情報、居酒屋やBARといった飲食店に関する記事を配信していくうちに、気が付かないうちにエリアがドンドン拡がって、たくさんの人と出会うようになりました。

 
そして一言に「関内」と言っても、歴史的背景から言っているのか、最寄駅の名前から言っているのか、どちらなのか分からなくなったり、どちらでも良いような感覚にもなったり、たくさんの人に出会うたび、この街を取材するたびに感じ始めた一つのこと。
 

わ・か・ら・な・い

 

悩んでても進まないから

そもそも「関内」という呼称が生まれたのは、アメリカからの要求に横浜の地を開港した江戸幕府が、港のエリアを川と新たな堀で区切り、そこへの行き来に設けた関門に由来するもの。

しかし、現在では当時のそのエリアの西の端に「関内駅」ができたこともあり、人々が思う「関内」というエリアが広くなっている…。

「関内」という言葉を使っても、「関外」という言葉を使う人は少なく、関内新聞も少し変化をしなくてはならないと考えるようになりました。

 
そこで!

いっその事、歴史的な呼称発祥にちなみ、また現代的なニュアンスをくみ取り、関内新聞の新しいコンテンツとして、関外新聞も始めることにしました。

関外という呼称を用いることで、歴史的な呼称の名残を組み入れることもでき、また関内新聞の新しいコンテンツとして関外新聞を位置づけることにより、「ワン関内外」として一つのエリアで盛り上がっていけるかな…、と考えています。

 
この考えに至るまで、たくさんの方々から貴重なご意見を頂き、たくさんの書籍に目を通し編集部なりに勉強を重ねて参りました。

この街を愛する者として、もっとたくさんの情報を発信し、この街の一員として多くの方々に認めていただけるように、今後も精進して参りますので、関外新聞もご愛読いただけると幸いです。

 

ということで…、

 
本日から、取材対象エリアを拡大して参ります!!

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