すっかり久方ぶりになってしまったな…。
夜の関内で一人、ゆっくりした時間を持ち食事を摂るなど、どのぐらい振りだろうか。
街はすっかり年の瀬の慌ただしさを感じさせてくれるように、あちらこちらで大所帯の食事客が良い調子になって歩いている。
そんな街の繁忙を横目に、今宵はゆったりとした気持ちを大切に育んでやりたいというモンだ。
今年もあと1ヶ月で終わるが、12月という月には当然の如く忘年会だのパーティーだのが、滝のように予定表に流れ込んでくる。
その流れ落ちる多忙な夜のカレンダーに、ぽっかりと空いた切れ間の夜に相応しい店を選んでやる。
ちょっと歩いただけで、すっかり身体が冷めきってしまうような気温。温かい料理と美味い酒というのが定番だろうが、刺すような寒さに神経がピリピリしてしまう夜には、優しい料理とワインをゆっくり味わいたい。
Watch & Wine 時遊
馬車道からネオンが賑やかに楽しく感じる相生町を曲がり、もうここが終点かと諦めずに歩いた角を曲がると、今宵の気持ちを優しく包んでくれるお店がある。
随分前に洒落たBarのマスターが、ここはいいゾと教えてくれたのだった。
アイツに隠れてワインを楽しむ時の場所として、何度か使わせてもらったことはあったが、ゆっくりと食事に来るのは初めてになるか。
いつもは遅い時間に、ひょっこり現れることが多いのに、こんな早い時間に顔を出すと、びっくりするんじゃないだろうか。
そんなことがフっと脳裏をかすめると、優しい雰囲気の店を作る、優しいマスターの驚いた顔が見たくなり、遊び心でいっぱいの少年のように、一気に階段を登って扉に手を掛ける。
こんばんわっ!
このお店に来ると、いつも決まって、テンションが上がってしまう。その理由は、何と言ってもこの自らノムリエと宣言するオーナーの荒谷さんご夫妻の優しい笑顔。一瞬にして時間を優しく丸めてくれそうな、確実に柔らかい笑顔で時間を彩ってくれる。
ただ美味いだけじゃなく、時間と空気それと雰囲気の全てで幸せにさせてくれる、そんなお店だと偽りもなく感じられるから、今宵のステージに選びたくなったんだ。
どんなに仕事で疲れていても、どんなに忙しさに神経をすり減らしてしまっていても、自然とテンションを上げられる。一人で過ごす今宵の物語には、なくてはならないファクターだろうな。
たっぷりと時間はある。
それに今宵は絶妙なタイミングで入るツッコミに、得意の妄想を遮られることもない。時間の流れにドップリと身を預け、遊び心を総動員させた言葉遊びをもツマミにしてやれる夜だ。
さぁて、ゆっくり始めるとしよう。
とりあえずビール。
それは仕方が無いだろう。バブルの頃に夜の街を覚えたわけじゃないが、バブルの頃を知っている上司に育てられたんだ。宴会に行って、とりあえずと言えば?と聞かれれば、それは間違いもなくビールですと答えなくてはならなかった世代だ。
そんな苦い記憶が蘇っても、これがビールの真骨頂だろうと言わんばかりに最高な分量でキメの細かい泡が乗せられ、グラスに注がれた黄金色のビールは、それを一口飲めばサンタクロースのような白いお髭を蓄え、ぷっはぁ~とやってしまうことに決まっている。
お通しとして出されたこのポテトサラダも、さりげなく今宵の時間の始まりを刻んでくれる。ピリピリとした緊張もなく、一つ口に頬張ってやるだけで、幸せ過ぎるため息が出てしまうようなホッとする味。
そうだ、時間はタップリあるんだ…。
一つ一つのお料理を、そして一口一口のお酒を、ゆっくりと時間をかけて楽しんで和む。それが今宵のテーマだったんだろうさ。徐に足が向くままに訪れて、この店を選んだ明確な訳にも気付かないでいたが、時間をかけて食事を楽しむということこそ、素直な心が求めていたものだったのだな。
ふぅ…
その心の素直な気持ちが理解できれば、その意に反することなく、ゆっくりと食事を楽しんでやろう。ソムリエならぬノムリエと名乗るマスターがいる店。とりあえずのビールはとりあえず一杯だけにしておき、ここからはノムリエに身を預けて頼むとしよう。
とりあえずのビールの後には、スパークリングだな。ビールに続けてワインというのは、いつもの定番シナリオになりかねないところを、珍しくスパークリングを挟んでいく。自らが欲望に任せてメニューを決めてしまっていては、普段と変わらない当たり前の夜になってしまう。
こちらのアルコール耐久度を理解してくれているノムリエさんに、お任せして食事と合わせた絶妙の組み合わせの飲み物を出してもらっている方が、普通過ぎる夜にならなくていいだろうな。
それにしても…。
このホワイトアスパラのピクルスは、程よい酸味と薫る甘味が絶妙な感じだ。酸味にワサビが最高のアクセントになる。どことなく和で、どことなく洋。そして、その和洋折衷を証拠付けてくれるのが、スパークリングとの相性が良いという点だろう。
ほぉ…。
厚切りベーコンか…。
赤ワインと一緒でも嬉しいし、スパークリングでも軽やかなコンビを組める。何に合わせても嬉しい一品だ。
何せ、時間はタップリとあったんだ…。
身を任せて時間の流れを感じるために、ゆっくりと食事を摂るんだ。大好きな赤ワインを焦らすように控えさせ、スパークリングと共にゆっくりと胃袋に固形物を送り込む。普段なら、胃袋の虫たちにせかされるようにメニューを頼み、一つ一つに時間をかけるという、この世で最も贅沢で至福な行為をおざなりにしているところ。
贅沢で至福に時間を使うことによって、ただでさえジューシーでしっかりとした食感を持つベーコンを、より一層のジューシー感に最高の歯ごたえを、まるで活字にしたかのごとく鮮明にビジュアル化することが可能になる。
まだ食えるな。
おぉぅ…。
凍えていた身体が一気に温まりそうなヤツが出てきた。赤のワインにドンピシャにあってくれることが容易にわかるその容姿に、絶対に自らは確認しないが、顔は赤らいでいるだろう。
一人サイズでお鍋を作ってくれるのも、悔しいぐらいに最高に心遣い。適量を適切にアレンジしてくれるのも、嬉しい飲食店の気遣いだ。
ここにも、時間が隠れていたんだ…。
ゆっくり身体を温めきってやるぐらい、トマトが丸ごと一個も入ったこの鍋を楽しんでいこう。
それにしても、このトマトの鍋。見た目だけじゃなく、しっかりとした味付けがたまらなく良いじゃないか。一口で身体が温まり、次の一口で胸が暖まる。時間をかけてゆっくりと食事を摂るとだけ、決めて歩いて来た甲斐があった。
外は冬の凍える寒さなのに、鍋で温まったからか、額にはうっすらと汗がにじみ出ているようだ。
それにワインも進む。
今宵の胃袋はどうしたんだ…。
パクパクと色んなものを平らげて行ってくれる。もっと時間をかけて、まだまだゆっくりと食事をしていたい気持ちでいっぱいなのに、あっさりと鍋を食べ終えてしまえるのか。
それに、まだまだ食えるというのか?
イエィ
見つけていたのは、本当に時間だったのか?胃袋のキャパじゃないのか?
ボトルで頼んだ赤ワインもまだあるし、十分だろうと思われるボリュームをいただいたが、今宵は気分が良いようだ。まだまだ食事を楽しんでやろうと思わせてくれる。
まだまだ、時間を見つけられるんだから…。
さっき口にしたベーコンが、未だ脳裏に鮮明に記憶され、思い起こしただけでも唾液が口の中いっぱいにあふれかえる。そのことを見透かされているかのような、嬉しいお店の計らい。
トマトの鍋で終わりにしても良いかとも思ったが、心の叫びに正直に生きて〆の一品をねだって良かった。アボガドの柔らかとコクが、しっかりとした歯ごたえのベーコンのコクと出会い、パスタを神父に見立てて、口の中でウエディングベルを鳴らしてしまったようだ。
なんとも…。
久しぶりに見つけることが出来たな…。
タップリと見つけられた時間。それにたっぷりとした酒とお料理。
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今宵は十分な時間があると感じていたが、本当にそれだけだったのだろうか…。
良く考えると飲食店なのに、Watch & Wineと冠が付いているのはおかしくないか…。
たっぷりと時間があると思っていたアイテムたちは、時間そのものではなく、時を刻む時計たち。確かにたっぷりあった時間だが、たくさんあったのは時計たちだ…。
なぁるほど…。
ソムリエならぬノムリエさんの別の顔は、時計技能士の資格を持つ顔。店のあちらこちらに時計があったのは、そういう背景があったのだな。
もっと早く気が付いていれば、タンスの奥で眠っているアンティークの時計を持って来たんだったのに。アレの価値がどれほどなのか、時計技能士の意見を聞いてみたいものだったな…。
あ…、
いやいや。今宵は持ってこなくて正解だったか。。。
知らない方が大切に保管し続けることが出来るだろうに、知ってしまっただけにがっかりするということもあるやも知れん。
遊び心を持って、時を楽しむためには、鑑定は次の機会に…。
どうせアイツが来たいというだろうしな…。
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