関内新聞

【忘我】至福の一人の時間を演出してくれるビストロマールで舌鼓

マールでシャンパン①

ん!?

何が起こったんたのだろうか…。こんなにムードのあるカウンターで一人、黄金色に煌めくシャンパングラスの中で生まれては消える絹のように繊細な泡を見つめ、なぜ物思いに耽ているのか。

終わらないだろうと高を括っていたあの出来事が呆気なく終わり、途方に暮れる気持ちを慰めるかのように街を彷徨い歩いていたはずだったが…。それがなぜ、シャンパングラスを片手に、やや希望に溢れる心を取り戻しつつ我に返っているのか。

確か弁天通からベイスターズ通りに入り、見慣れた文房具屋の脇を小路に曲がったはずだが、次の瞬間にはシャンパングラスが現れている。

そうだ!

空いている腹を満たしておこうと何気なく小路に入り、暗闇にほんのり光る看板にそそられ、この店に入ってきたんだ。寒さに凍える身体も、焦燥感に駆られて苦しむ心をも、暖かく包んでくれそうな看板とメニュー。

そして優しい照明と艶やかな壁の絵に包まれた店の入口に、我を忘れさせられてしまっていたようだ。そんな忘我の境地で一歩店内に足を踏み入れると、そこにも更なる優しい雰囲気と壁に清々しく陳列されるワイングラスを見守る照明。


カウンターの中の壁にも温かく光をこぼすライティングと、カウンターに並ぶテーブルセットとワイングラスを丁寧に包むダウンライト。孤独な夜を完璧すぎるほどに抱擁してくれるこの店の空気感が、いつものように妄想を止められない一人の夜を演出してくれていた。

ビストロ マール

何に躊躇うこともなく優しく迎え入れてくれたこの店の雰囲気が、やる気を取り戻すきっかけを与えてくれそうな気がする。そんな気分に祝い酒を飲もうとシャンパーニュから始めたのが、今宵の一人の晩餐だったのだ。


見た目にも素敵なアン肝のアミューズと、クリームチーズが添えられたパン。その可愛らしい容姿を勿体なさ気に小さめに頬張り、改めて口に流しいれるシャンパーニュ。

その所作を何度か繰り返しているうちに、塞ぎ気味だった心も新たに芽吹き返した気分になる。

パンに添えられたクリームチーズには、茗荷と浅葱が美しくアクセントになっている。少しスクってはパンに乗せ、落ち着いて口の中で噛みしめる。生きているという実感をも感じさせてくれる良い出だし。

 
最高の店を見つけた。

それほど広くは無い店内なのに、カウンターの上で芸術的に並ぶナフキンとグラスの広がりが、現実以上に空間を広く感じさせている。それがまた居心地の良さに繋がっているのだろう。

クラシックな欧州を感じさせる椅子とテーブルがある個室は、和のテイストを取り入れた扉や天井の作りで凛とする空気感が溢れる。まさに和洋折衷の趣に、出される料理に自ずと期待し始める。





空間をしっかりと広げているカウンターの先に目をやると、そこには見たこともないワインサーバーが威風堂々と鎮座する。初めて目にするその雄姿を、興味津々に見つめていると優しく近づいてくるソムリエの姿。


ソムリエの山崎さん:
こちらはワインサーバーと呼べばいいのでしょうか。ワインは空気に触れると酸化してしまうので、コルクを開けたら早めに飲む必要があります。そうすると一度に何種類も飲むことが難しくなってしまいますし、また高額のワインだと1本で何万円になることも。


ソムリエの山崎さん:
ただワインを気軽に楽しんで欲しいと思って、当店ではワインの飲み比べができるようにグラスでお出しするセットもご提供しています。それができるのは、このワインサーバーがあるからなのです。栓を抜くときも特殊な装置を使って酸素が入らないようにし、この機械から注ぐことで酸素に触れないようになっています。

そいつは嬉しいな…

大きなワインセラーもあるし、ソムリエの山崎さんもいる。ワインに詳しくないことに気後れすることなく、気軽にワインを楽しませてくれる計らい。そんな嬉しい店をなぜ今まで知らずに過ごしてきてしまっていたのか。関内で益々頑張ると決意した最初にこの店を見つけておいて良かった。

本当なら二人分のメニューをオーダーしたいが今宵は一人。それでも大好きな手長海老がカルパッチョで食べられるとなれば、無理をしてでも食べてみたい。そんなワガママもワガママにならないのがこのお店。

メニューに載っている料理は全て、ハーフサイズでも提供してくれるというから、一人の夜でも気軽に利用することができそうだ。

そして何より、このイタリアのカラスミが添えられた手長海老のカルパッチョに合わせるワインに悩まなくても良い。なぜならば、この店には相談できるソムリエの山崎さんがいてくれる。

しっかりフルボディの赤ワインを好む嗜好だが、繊細な味のカルパッチョには合わないか…、などと思っていると自然に出てきるシュっとした切れ味が爽やかな白ワイン。

ソムリエの山崎さん:
こちらはフランスに嫁いだ日本人女性が作った白ワインです。その名も「GYOTAKU」と言って、お魚料理に合うように作られています。

 
こういうことなんだ!

一人の晩餐は時間を持て余す。だからといって妥協できない夜もある。他愛もない会話も良いが、ワインやお料理のウンチクをツマミに飲めるのも素晴らしい。ソムリエの存在が一人の晩餐でも淋しくさせはしない。

 
ほう。…これはなんだ?

クリームチーズの香りが残る温かいココット。そこにトロトロな卵黄と…、キノコの香りだな。キノコのピューレが卵とクリームチーズの衣装を纏い、口の中で大きな存在感を主張している。それに何より熱々のココット。心も身体も温まるじゃないか。

流れるような感動。そして静かに込み上げてくる歓喜。そんな演出を空間だけでなく、お料理でも見せてくれる。そして、この抜群のタイミングで出されるワインは赤に変わる。

…ということは。





ソムリエの山崎さん:
こちらは仔羊肩肉のトマト煮込み、クスクスとスパイシーなアリサ添えです。アリサというのは、北アフリカの香辛料ですね。お好みでクスクスにもお肉にもつけてお召し上がりください。

最高のタイミングで赤ワインが現れ、そして絶妙のタイミングでお肉料理が登場する。どちらが主役で、どちらが脇役とも言うことができない完璧なダブルキャスト。

仔羊肉はホロホロに柔らかく煮込まれている。そしてクスクスも絶妙な食感。そしてイタリアの赤ワインは、好みのしっかりボディに芳醇な香り。どの順番で口に頬張ったとしても、間違いのないマリアージュを魅せてくれる。

素晴らしいじゃないか!


カウンターで料理をいただくのは、口の中のエンターテイメントじゃない。やはり、その視線の先に繰り広げられるキッチンの様子。

さて、次は何を見せてくれよう…。


ソムリエの山崎さん:
リングイネをフランス産の鴨の生ハムと長ネギのソースでお召し上がりください。

見た目にも鮮やかな鴨の生ハム。そして鴨が背負う長ネギ。

これは正しく…

鴨がネギを…、と悪戯な妄想は脳裏にしまっておけなくなるほどの相性。生ハムのホンノリとした塩加減が、リングイネの食感の良さに纏わりつく。更にパンチの利いた香辛料が、先ほどから飲んでいるイタリアの赤ワインにも負けずに主張してくれる。

やはりソムリエがチョイスすると、これほどまでに絶妙なコンビネーションが演出できるのか。

 
ふぅ~

見つけて良かった!

お、おっと。締めくくるには、まだ早いか。

しっかりした食感がまた嬉しいプリン。そこにカラメル…、いや待てよ、これはカラメルじゃないな?


ソムリエの山崎さん:
柔らかいプリンもありますが、当店のプリンはしっかりとした食感でお作りしています。大人のプリンと呼んでいますが。かかっているのはカラメルではなく、スペインの甘いシェリーです。別の種類ではありますが、同じスペインのデザートワインとご一緒にお召し上がりください。

 
なるほど。確かにしっかりした食感が、大人の贅沢な時間を締めくくってくれる。

それに、驚いたな。デザートワインにプリンという相性も、至福過ぎる喜びを口の中に放り込んでくれる。甘いものは苦手だからという男性でも、もちろん、食後のデザートは別皿な女性でも、その至福過ぎる喜びには目を丸くさせられるだろうな。

 

 
いつもの決め台詞は、もう既に出してしまったんだった。

終わって欲しくない出来事というを、終わらせるのは名残惜しいものだ。もっとこの時間をゆっくり大切に育んで…と、思いたいところだが、見つめるキャンドルに照らされるワイングラスが空になりそうだ。

我をも忘れさせてくれるような優しい雰囲気のお店。

一人の食事を雑に終わらせるのではなく、大人なら贅沢な一人の晩餐ができるお店を知っていても良いものかも知れないな。グラスで味わえるワインに、ハーフサイズにしてくれるお料理。

それはきっと女性が一人で来ても喜ぶのだろうな…。

 
久しぶりの展開に、一時はどうなる事かと思ったが、このお店に来て正解な夜だった。

ショップデータ

Bistro MARC(ビストロ マール)
  • 横浜市中区相生町1-10
    帳文堂ビル2F
  • TEL:045-663-9059
  • 営業時間:
    平日 18:00~2:00(L.O.1:00)
    土・祝 18:00~0:00(L.O.23:00)
  • 定休日:日曜

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