関内新聞

【夜光】全てにこだわり抜くマスターのダンディズムが光るSur,eT

それにしても梅雨の鬱陶しい季節が続いている。こう毎日毎日ジメジメした空気の中で仕事をしていると、さっぱり爽快な気分にさせてくれるような、刺激が必要だと感じてしまう。

都内での仕事がすっかり長引き、関内に戻るのが随分と遅くなった。

 
梅雨の時期とは言え、幸いにして雨は落ちて来ていない。ドンよりした気分を和ませるために、久しぶりにみなとみらいの夜景を眺めてから馬車道に向かうか…。
 

桜木町の駅を降りて馬車道に向かうには、大岡川にかかる歩道橋を渡るとすぐだ。その歩道橋の上で少し足を止め、ふっと振り返るように見返せば、そこには最高に素敵な気分にさせてくれる、あの夜景がある。

深夜0時の少し前。

この時間なら、まだ大観覧車もライトアップされている。ランドマークタワーに見下ろされるように感じる夜景も、輝く大観覧車と一緒に眺めてやれば、横浜に帰って来たことを実感できる。

 
久しぶりにゆっくりできる週末前の金曜日。
 

今夜は時間を忘れ、心地の良い場所で、

ゆっくりと会話を楽しんで酒が飲みたい気分。

 
そんな気分の時に、最高のBarがある。歩道橋を下り、住吉町に入ってほどなくした、BarやPUBが入居するビルの一室。最高に綺麗な女性が出迎えてくれる、あのBarが…。
 

さて、今夜はゆっくりセンスの良い音楽を聴きながら、ゆっくりと酒を飲んでやるとするか。

 
LE BAR sure T

4階でエレベーターの扉が開くと、いつでも彼女が出迎えてくれる。いつまでも変わらぬ美貌を保ち、少し意味あり気に何かを囁きそうな、その表情。

その彼女の視線の先に、心地の良い時間がいつも待っている。

LE BAR sure T…。

このBarとの出会いは、どんなタイミングだったか?

初めて来た夜は、確か店の中にも綺麗な女性が独り、お洒落なカクテルを飲んでいたんだった。静かにゆっくりと時間が流れた夜だったような気がする。1週間続いた忙しさで、頭が酸欠になっている日には、その時の光景が脳裏に浮かび、自然と足をここに向けるようになった。

 
オーナーバーテンダー 井田 達也 さん

 
もちろん他にも理由はある。
 

それは、一つ一つの仕草や所作に、キラリと光る格好の良い動き。発する声に色気があり、全てにエッジを効かせた立ち振る舞い。それはまるで、アイロンがしっかりと当てられたうえに、全ての角をぴったりと揃え、折りたたまれたハンカチのよう。

そんなオーナーバーテンダー 井田さんをカウンターの中に見ながら、ゆっくりと酒を飲み、そしてGoodなタイミングで話しかけられるのをつまみの代わりに待てば、ゆっくりと脳に酸素が溜まっていくことを感じられる。

さて、何にするか…。

この店はBarとしては珍しく、あらゆる種類の酒が用意されている。バーボンやスコッチはもちろんとして、ワインに焼酎、日本酒まで揃っているBarは、あまり出会ったことがない。

初めて来た夜も、そんな話をマスターとしていたかも知れない。

…、

いや、待てよ…。

そんな話をしていたのは、あの綺麗な女性とマスターだったか?それを耳にしていたのが、いつの間にか自分が話していたように、記憶が変わってしまったのか。

 
ふふっ…。

まぁ、そんなことはどうだって良いか。




いつまでもダラダラと、酒を決め兼ねているのも見っともない。

いつものバーボンだ。

※いつものバーボンとは、20年以上も前から飲んでいるOld Grand Dad 114 Proofの事。呑み歩くのが好きになった、出会いの想い出がたっぷり詰まった銘柄。前回はBar Outlawでお目にかかっていた。

仕草の一つ一つも、ここでは最高の時間を構成する、大切で必要な要素だ。角がそろったハンカチの相棒として、プレスでしっかり折り目を付けた、ズボン役を演じなくてはならない。

しかし、この店はいつ来ても、

完璧だ。
 

カウンターにさりげなく置かれた飾りも、程よく背中から明かりが灯され、心地の良さを演出してくれているし、

1つだけあるテーブル席も、天井高の間接照明に照らされたアルコールのボトルと、壁に掛けられた絵と最高の女性の写真が、ヨーロッパに向かう船の中を思わせてくれる。

そんなことを感じさせてくれるのも、カウンターで並んだモルトボトルのラックから、深海を思わせるような素敵な青のライティングのお陰だろう。

統一感のある飾り付けや間接照明といい、このL字型のカウンターの1席1席に準備された小さな丸のライトといい、些細ともいえる細部にまでこだわりを見せるこのお店。

 
何度来ても、たまらない!
 

 
おっと…
 

やっぱり来たか。

最初にこの店に来た時にいた、あの綺麗な女性。

何か考え事をしているのか…。

この店がもう一つこだわる照明の謎解きをするかのように、コースターを手にして物思いに耽っているようでもあり、誰か大切な人が来るのを待っているかのようでもある。

どこか浮世離れした姿は、この店の雰囲気そのものの様にも思える。

そう、この店のコースターは、レコード盤をモチーフにしている。

そしてレコード盤と同じように、コースターの中心に穴が開けられている。初めてこの店に来た時は、ただ洒落たデザインのコースターだな、としか感じなかったが、ドリンクを出された時に、このコースターが…

“単に洒落ているだけ”

ではないことに驚いたんだった。

L字に曲がった長いカウンター。そして、その1席1席にある、丸く小さな照明。

その照明のを大きさと、このコースターの中央のの大きさはピタリと一致。

ドリンクをコースターに乗せ、さり気なくこのに合わせてやると、カクテルは更に妖艶に輝き、バーボンは一段と夜の闇に映える黄金色に変わる。

初めてこの店に来た時、その緻密なまでに計算しつくされたコースターとカウンターの照明の謎を、そっと教えてくれたのも彼女だったな…。




あの時も、今のようにこうして、絶妙のタイミングでオーダーするかのように、マスターの次の瞬間を見計らっているようだった。

これほどまで色々と繊細なところまで、手を抜かずこだわり抜かれている店には、客としても、そのこだわりに合わせた所作が大切だ。と、どこか彼女の仕草が教えてくれているようだった。

いつものバーボンを少し飲んだところで、今度は胃袋の虫が騒ぎ始めていることに気が付き始める。

綺麗なが、ちゃんと黒板らしいになっているメニューボードに、これまた折り目正しい几帳面な字で、マスターが何かを書き始める。

この店に来てから、Barでも美味いフードが食べられるんだと驚かされた。それ以来、Bar選びの一つの楽しみとして、Barメシが美味いという項目を増やしたんだ。

とろとろ卵のオムライス

マスターが書き込んだ、今宵のメニュー。きっと、今の胃袋の虫が求めているのは、日本人にとり親しみのある洋食なメニューなのかも知れない。

 
おっと…!

流石、マスター。動きに全く無駄が無い。黒板にメニューを書き込んだと思ったら、今度は彼女のドリンクを作りだす。

ワイングラスに、丁寧に丸く削られた氷を入れる。同じ大きさの丸氷ではなく、ワイングラスの中でちゃんと整列されるように考えられた、大きさが少しずつ違う氷を選び、丁寧に収めていく。

そのグラスに今度は、レモン・ジュースを優しく注ぎ、

その上から、ガムシロップをゆっくりと載せていく。

一点に集中した視線はグラスへと注がれ、ピクリとも動かない手に持たれたそれぞれのボトルの口は、絹糸を紡ぐんでいるように液体をグラスへと送る。




機械のような細かく丁寧な動きによって、2種類の液体はグラスを無駄に汚すこともなく、今こうして二層に別れて静寂に包まれる。

当然、この静寂をへと変えるのも、またマスターの美しい動き。

二層に別れたレモン・ジュースとガムシロップを、綺麗な手つきで持ったマドラーで掻き混ぜる。

二層に別れていたはずの2種類の液体は、しつこいほどまでにしっかりと混ぜられ、一つの液体…、いやレモネードとして生まれ変わる。しっかりとステアされ、しっかりと一体化させることが、この次に注がれる3種類目の液体を、美しく映し出すためには必要になる。

 
ふふっ…
 

そうだったな…。

そう覚えているのも、最初に店に来た時に、彼女が同じお酒をオーダーし、それを不思議そうに眺めていたら、マスターが教えてくれたんだった。

今度はゆっくりとした手つきで、慎重すぎるほど慎重に、

静かに赤ワインをレモネードの上にフロートさせる。




一つ一つに洗練された動き。その渋すぎる姿からは、想像もつかない華麗な手つき。

それは見ていて男惚れさせるほど美しく、ゆっくりと流れる心地よい時間のアクセントとして、無くてはならない存在。この店の愉しみ方の一つとして、このマスターの素敵な動きに見惚れてしまう時間を過ごせば良い…。

そうそう…。忘れてはならない最後の仕上げ。

さっき彼女が物思いに耽ながら、あの謎解きをしてくれた、カウンターに開けられた。そこにゆっくりとワイングラスを置いて、初めて一連のストーリーが終焉する。

 
アメリカンレモネード

本当に時間が止まっているな空間だ。それとも、あの時の初めてこの店に来たという記憶は、もしかして夢なのだろうか?うまい酒と料理、それに音楽と一緒に楽しむ、このマスターの洗練された動きで、時間だけでなく記憶まで止まってしまったように感じる。

まだ1杯目のバーボンで、それほどまでには酔っていない。

なのにこの不思議な感覚はなんなのだろうか。この光景は、前にも見た気がするが、それが現実世界で起こったことだったのか、夢の世界で見た記憶なのか…。

彼女のオーダーしたアメリカンレモネードを作るマスターの手つきに見とれ、オーダーしたか、そうでないかも分らないぐらいになってしまった感触をかき消してくれるタイミングで、マスターがそっと差し出してくる。

 
とろとろ卵のオムライス

メニューの冠につけられた、とろとろ卵が、そっと綺麗なデミグラスソースの海に浮かぶ。今はまだ卵のフワッと優しい衣装で、その存在が確認できないが、きっとそこには数々の名わき役たちを従えるにふさわしい、主役のライスがそっと出番を待つ。

 
ん、んっ!
 

黒板にメニューを書き入れるマスターに見とれていた後ろから、彼女もあの姿を見ていたのか。間接照明だけの少しセピア色の止まった時間の中、瞬間的な2つのインスピレーションが起こしたマリアージュ。

直感的に彼女も同じものを頼んでいたみたいだ。




そんな不思議な偶然も、このマスターの演出なんだろう。いや、この店の持つ不思議な空間が、それを運んで来てくれたのかもな…。

ゆっくりとグラスを持ち上げ、赤と白の2色を優しくステアし始める。

可憐な手つきで、二層の液体が一つに混ざり、そしてそれがグレープジュースのように、しっかりと葡萄の味を感じさせてくれるアメリカンレモネードに変貌する。

その味を確認するかのように一口飲んだ後、運ばれて来たばかりで、湯気がしっかりと立ち上るオムライスに伸びる美しい手。

 

 

ふぅ~

 
これはまるで魔法にかけられたようだ。
 
きっと桜木町で電車をおろし、あの歩道橋に連れて行かれたことすらも、このゆっくりとした心地の良い時間を過ごさせるためにかけられた魔法。

最高に綺麗な女性に出迎えられ、この時間に足を踏み入れ、正しく角を揃えるようにたたまれたハンカチのような所作に惚れる。間接照明だけのセピア色の空間は、全てが計算しつくされた物語の様に、間違いの無い心地良さを演出してくれる…。

ん?こだわり?

それは一つ一つに手を抜かないことかな…。

メニューにつけられた冠のように、本当にとろとろになった卵にくるまれたオムライスを頬張り、マスターが言った「手を抜かないこと」という仕事が、間違いではないことを確認すると、嬉しくなって胃袋から本当の微笑みが作られる。

 
やっぱり見つけちまったな…。
 

もしかしたら、この綺麗な女性も、マスターが最高の心地よさを感じさせてくれるための魔法だったのだろうか?

あのマスターを見ていると、本当にそんなことまで緻密に計算してしまうのだろうと、そんな気持ちにさせてくれる…。




 
あれ…?
 

マスターがいない。

 
いかんな…。
 

流石にマスターの存在までもが、計算しつくされた魔法のように感じるほど、バーボン1杯で酔ってしまったようだ。

それは間違いなく、マスターのかけた魔法なのだろう。

 
アイツがいないから、調子がくるってしまったようだ。魔法にかけられた感覚を解きに、もう一度、歩道橋からみなとみらいの夜景を見て帰るとするか…。

 

ショップデータ

LE BAR sure T
  • 横浜市中区住吉町6-77
    福島ビル402
  • TEL:045-641-7144
  • WEB:sure-t.jp
  • 営業時間:
    月~土 PM 6:00~AM 5:00
    日祝 PM 6:00~AM 2:00
  • 定休日:第1・第3 日曜日

 

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