さて、ランチはどうするか…。
久しぶりにお昼時の関内だった。
長引いた仕事の打ち合わせも終わったし、ランチを摂るには少し遅いぐらいの時間だ。
昨夜の少々飲み過ぎた感が残る胃袋だから、何か汁物がいいな。
何にするか。
そういえば前に、尾上町のおでん屋で飲んでいる時、隣の席の男が相生町に美味いタンメンを食わす店があると言っていたな…。
あれはなんて言う店だったか。
ウラ馬車の方だと言っていたような気がしたが…。
まぁいい。次のアポまではまだまだ時間もあるし、少し探してみるか。
そうだ。こんばんは横丁だったな。
思い出したぞ。ウラ馬車にあるこんばんは横丁にあるタンメン屋が美味いと、おでん屋で隣になった男は言っていたんだった。
おっ、あれだな。
昼のピーク時間には行列ができると、おでん屋にいた男は言っていたが、幸いにも今は昼のピーク時間を大きく回っている。
すぐに入れそうだが…。
青空タンメン
青空という店の名前が、残念ながら天気が悪く、もう4月も後半に差し掛かろうというのに肌寒く感じる、どんよりとした気持ちを晴れ晴れとさせてくれる。
野菜たっぷりタンメンか…。
飲み過ぎた感がある胃袋には、汁物と相場が決まっているが、野菜不足を同時に補えるなんて、最高じゃないか。
建物の2階にあるんじゃ、店の様子がわからないけど、おでん屋にいた男が大絶賛していたんだ。
その言葉を信じてみよう。
この階段の先に、美味いタンメンがきっと待っている。
さっきは店の様子が窺えないことに、多少の不安を感じていたが、少し肌寒感じる身体が温かい汁物を求め、そして昼時を大きく回り今にも暴れださんとする胃袋が、たっぷりの野菜と一緒にすするタンメンを要望している。
胃袋の虫をなだめてやるか。
よーし。タンメンだ。
店に入ったら、迷うことなくタンメンをオーダーしてやる。
だから、胃袋の虫たちよ。
いい加減に落ち着かないか。
タンメンだ!
いかん、焦り過ぎたか…。
いや、構わん。そうでもしないと、この胃袋はおさまってくれないだろう。
カンカン
カシャン、カシャン…。
そうだ。タンメンといえば、中華鍋だ。
いい感じに熱しられた鍋の油から煙が上がり始めている。
これは期待できる。
さて、どこに座るか。
少し小ぶりな店だが、木のカウンターと壁の白を照らす柔らかい白熱灯の照明が、あまり狭さを感じさせない。
どことなく昭和な感じもするが、どことなくレトロな調べが、タンメン屋らしからぬ落ち着く綺麗な造りでいい。
奥のテーブル席にするか。
いや、ダメだ。
ココからだと、さっきからカンカン、カシャンカシャンと軽快なリズムを鳴らしている、中華鍋の様子が見えないじゃないか。
やはりカウンターだ。
ん?
タンカラセット?
タンカラセットって、何だ?
…、
…、 …、 ……、 ………、
!!
そうか、タンメンに鶏のから揚げが付いてくるセットか。
しまったな。
胃袋のせいで焦りすぎて、可愛らしく書かれている店内のメニューを見ないで注文してしまった。
今日の胃袋の様子なら、鶏のから揚げをセットでつけても良かったかも知れん。
やはり焦りは禁物だった。今にも暴れだしそうな胃袋の虫をなだめることだけに集中していた気持ちは、店内のメニューを注意深く見ることを忘れさせてしまっていた。
俺としたことが…。
そんな頭の中でのやり取りなど構うことも知らず、厨房ではタンメンが着々とその姿に近づきつつある。
タンメンといえば、中華鍋でガッツリと野菜をいため、そこにスープを投入。中華鍋の中で煮えたぎったスープを器に注ぎこむ。
シンプルといえばシンプルだが、そのシンプルさ故に味の善し悪しは職人技といえる。
中華鍋でたっぷりの野菜を炒め、注ぎ込まれたスープが超強火で熱々に熱された鍋で一瞬にして沸き立った絶妙のタイミングで、麺の様子をうかがう。
そして、職人の目によってGoサインが下りた面は、一気に器に移し替えられ、タンメンの主役としての存在感をしっかりと強調していくのだ。
そこにこれまた修行を積んだ職人にだけ許された、手際の良さを際立たせる中華お玉の操りで、先ほどまでグツグツに煮たせられた中華鍋から、タップリの野菜を麺の上へと盛り付ける。
瞬きする暇もないな…。
野菜が移し替えられた後は、一瞬にして、これまたタンメンの味の全責任を負うであろう、スープを一気に器へと流し込む。
は、早い。
この店に入ってから、「タンメンだ!」とオーダーをして、わずか3分。いやそれより短いか。
職人による瞬間技で、暴れだそうとしている胃袋の虫を落ち着かせてくれるはずの、タンメンが既に出来上がりを迎えようとしている。
タダものじゃない!
青空タンメン
店の入り口にあった看板の言葉は嘘じゃない。
確かに、野菜タップリタンメンだ。
なんと、器の縁からこんなにも盛り上がっているじゃないか。
タップリの野菜は、麺からタンメンの主役の座を確実に奪いとっている。
これが青空のタンメンか…。
いや、待て。
そうではない。
当たり前のように長いタンメンの歴史で、その主役の座を一度も奪われたことが無いだろう麺は、平打ちの太麺。
やはり、主役は 麺!で間違いないのか。
青木 豊 さん
青木さん:
青空のタンメンは、平打ちの太麺を使っています。その方が、たっぷりの野菜と一緒に口に運んでいただいても、麺のしっかりとした食べ応えが感じていただけると思いますから。
平打ちの太麺が苦手という方には、細麺でお出しすることもできます。細麺の場合は、しっかりとスープと絡んで、それも美味しいですからね。
なるほど。平打ちの太麺のタンメンなら、もやしと一緒に口に運んでも、麺がしっかりとした存在感を出している。
さすがは、主役だ。
ほぅ。正しい青空タンメンの食べ方というのがあるのか…。
何、なに。スープの味を少し楽しんだ後は、ラー油か。
ん!?
その後は、酢だと?
しっかりと野菜から出汁が出たスープに、ラー油で少しのアクセントをつけた後、今度はお酢でさっぱりと楽しませる。
全ての具と麺を堪能した後、お酢の爽やかさがスープに残り、今度は野菜スープとしても楽しめるとは…。
うっ、うまいっ!
ふぅ…。
それにしても、オーダーしてからの瞬間的な職人技。それに平打ちの太麺をたっぷりの野菜と合わせて食わせるだけじゃなく、野菜から出たスープを最後まで楽しませてくれる、この青空タンメン。
どこまでも職人技を見せてくれるんだ。
青木さん:
約20年ぐらい、タンメンの発祥と言われる店で修業していたんですよ。それで、2010年にこの店を開業しました。ずっと物件を探していたんですが、なかなか見つからなくて。1年かかってようやく関内のこの場所に物件を見つけて、開業することにしたんです。
20年の下積みを経て、ようやく開業した念願の自分の城か。
なるほど。その長年の苦労と努力が、中華鍋に乗り移り、そして中華お玉を振るう手さばきに憑依していたんだな。
そういえば…、
もう一つ気になることがあったんだ。
店に入る時には、暴れまくる胃袋の虫が、それをゆっくりと眺めることを許さなかったんだが、今はようやく静かになった。
店の前に貼ってあった、あの看板の意味を尋ねてみよう。
青木さん:
あ~。そうです。
僕はマジシャンでもあるですよ。
な、なに?
マジシャンだとぉ…!
青木さん:
本当は夜の営業時間に手が空いた時だけしかやらないんですが、せっかくですからちょっとだけやりましょうか?
夜の営業時間は、手が空いていれば、お客さんのご要望でマジックを見ていただくこともできるんです。ランチの営業中は、どうしてもタンメンを作るので手がいっぱいですからね。
青木さん:
じゃ、カードのマジックでも見てもらいましょうかね。
ココから一枚カードを選んでください。
青木さん:
それでは、一緒にそのカードを見てみましょうね。
私も見てしまいましたので、せっかくですから、お客さんにマジックをやってもらいましょうか。
この辺にあるかなっていうところで、ストップと言ってもらえますか?
きっと、お客さんでもカードを見つけることができると思いますよ。
青木さん:
ほらね。さっき選んだダイヤの5。お客さんが選んだカードでしたね。
見事に当てることができましたね!
なんだ、このタンメン屋は…。
野菜タップリの平打ち太麺のタンメンを作る手際の良さは、実はマジシャンとしての手さばきだったのか。
いや、タンメンを作る20年の修業を経て、マジックを魅せることができるほど、手先が器用になったのか…。
そんなことは、まぁいい。
タンメンもマジックも、
本物だ…。
ふぅ。
それにしても、尾上町のおでん屋で隣になった男の話を、盗み聞きしていて良かったな。
あまり昼時に関内に来ることはなかったのだが、関内にこんな美味いタンメンを食わせる店があったとは…。
それにマジックにも驚いた。
中華鍋を振る手をカードに持ち替えて…、か。
なかなか面白いじゃないか。
さて、腹もいっぱいになったことだし、次の仕事に行くとしよう。
ショップデータ
- 【閉店】青空
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- 横浜市中区相生町5-96 2F
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