関内新聞

映画愛あふれる女性が作ったこだわりのシアター 横浜シネマリン


関内駅方面からイセザキ・モールを進んでドン・キホーテの手前を左に曲がると、ちょっとレトロな喫茶店があります。そのビルの地下にある映画館が横浜シネマリンです。

ビル1階の入り口にかかった看板は、映画のフィルムを模したデザイン。そこにはフィルム映写機とかわいいネコが描かれていますね。

シネコンのような派手派手しさはないものの、入り口の壁面に設置されたモニター映像や地下へ続く階段に、これから映画を観るという期待感、ワクワクした雰囲気を感じます。

臨場感たっぷりの音響設備が自慢です

リニューアルは館内の改装から始まり、看板、エアコン、客席、2台の映写機、音響設備等も入れ替えて、想定外の大工事になってしまったそうです。

まず最初に、リニューアルした映画館の特徴を八幡さんにうかがいました。

「シネマリンは音響設備が自慢なんです。音響と映像の設備は、アテネ・フランセ(※)の方にお願いして担当していただきました。この方は東京国際映画祭、東京フィルメックス映画祭、フランス映画祭とかイタリア映画祭の音響や映像を担当しているすごい人なんです。スピーカーとかも質の良い物で、しかもなるべく予算オーバーしないよう工夫していただきました。

ふつう映画館の真ん中の席に座ると、高音が先に聞こえて、低音は少し遅れて聞こえるんですけど、それを機械で微調整して高音と低音がいっしょに体に届くように設計してあるんです。草原のシーンでは葉っぱのざわめきなどが臨場感たっぷりに聞こえて、あたかも草原にいるように感じる設計になっています。

以前『クーキー』というチェコの人形アニメ作品を上映したことがあるんですけれど、ぬいぐるみのクーキーが森の中を逃げるシーンで、音声がリアルすぎて劇場内の子どもたちが黙ってしまったことがありました。ほかの映画館ではワーワー騒ぐ場面だったんですけれど、臨場感がありすぎて、自分たちが本当に森の中にいるように感じたみたいで。上映が終わって子どもたち聞くと、みんな怖かったらしいんです。

でも、それぐらい音響は評判が良くって。ですから音楽映画も積極的に取り入れているんです」

※アテネ・フランセ文化センター:東京・お茶の水にある外国語学校アテネ・フランセの、映画による国際交流を目的とした部門。映像に関する技術開発にも定評があり、全国各地の映画祭や美術館の映像展示などの製作をおこなっている。

特集上映やコラボ企画で町とのつながりを

イセザキ・モールにほど近い場所柄から、横浜シネマリンは周辺の飲食店とも密接な関係にあるようです。映画館と町の活性化について、八幡さんの考えを話してくださいました。

「シネマリンでは旧作の特集上映をやるんですけれど、これに来てくださるのは男性が圧倒的に多いんです。特集の日になると『今日は何やってんの?』と、ふらっと寄ってくださる方が必ずいるんですね。ずっと以前からシネマリンを知っている地域の方々が、ちゃんとチェックして来てくださってるのは、本当にありがたいなと思います。

そのお客様の層が映画館の1階にある喫茶店と一致していて『コーヒーを飲みに来たら若尾文子特集やってるから観に来た』っていう感じで。これは絶対に町と映画館とがつながっているからですね。だから旧作の特集は、これからもずっと上映していきたいなと思っているんです。

奥樣方に好評なのはロマンチックコメディです、平均年齢はちょっと高めですけれど。5月上映の『恋するシェフの最強レシピ』は、観ているとニヤニヤしちゃうコメディの王道のような作品で、けっこうお客様が入って、またやってほしいという声があったのでアンコール上映するんです。

町とのつながりということでは、近隣のお店とちょっとしたコラボをやっているんですよ。スペインの映画を上映する期間にスペイン料理屋さんにチラシを置かせていただいて、映画の半券を持って食事に行くとデザートがつくとか、インド映画の時にはインド料理屋さんとか、いろいろやってますね(笑)。

これがけっこう好評で、是非やってくれというお店の声が多いんです。たとえば『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』という台湾の映画を上映したんですけれど、その時はみなさん台湾料理のお店へいらっしゃって、大繁盛でお店からも喜んでいただけました。このようなコラボ企画も続けていきたいですね」

心に染みる良い映画を上映したい

可能な限り「自分の目と足で上映作品を選定する」という八幡さん。横浜シネマリンでは、これからどんな作品を上映していくのでしょうか。

「そもそも、埋もれた作品やドキュメンタリーを上映したいというところから映画館を始めました。だから、世の中で選挙運動が大展開されたり憲法問題が論議されている時に、映画館は娯楽作品だけ上映してていいのかなという思いがあって。

それで世の中と連動した作品をいろいろ取り上げることにしたんです。(2017年の衆議院)選挙の時には(憲法と国民の暮らしの関わりを描いた)『不思議なクニの憲法』と(国会前で活動する学生団体に密着した)『私の自由について~SEALDs 2015~』という作品を4週間どーんと続けて上映したんです。

そんなことやってる場合じゃない、もっと儲かる映画を上映しないといけないぞっていう感じなんですけど、そこはちょっとこだわりたいと思いながら上映作品を選定しています。でも、本当に好きなものだけ上映していては経営が危なくなってしまうので、みなさんに楽しんでいただける娯楽作品もがんばって上映していますよ。

映画館が映画だけで勝負する時代はもう終わった、集客のために何でもやっていくとおっしゃっる映画館主さんもなかにはいらっしゃいます。でも私は、いやいや映画館はやっぱり映画で勝負だろうって思うんです。しっかり作品を観て、選んで、心に染みる良い映画だなと思えるものを上映したいんです。

映画館に来てくださるみなさんには、そんな映画館の姿勢も見ていただいて、ぜひ映画館のファンになっていただきたいです」

ファッションを追求する人にとって、センスの良い品ぞろえが自慢のセレクトショップや、トータルコーディネートできる便利なコンセプトショップは大切なものです。

それと同様に、潤いのある豊かな人生を送るうえで、知られざる名作や観ておくべき問題作を提案してくれる映画館、ミニシアターの存在も重要なのだと思います。お気に入りの映画館を持つことができる町、いつまでもそんな横浜であってほしいものです。

「誰もが関心を持たずにはいられない〝食〟にも関係する映画です。横浜のみなさんにもぜひ観ていただきたい」

続いて、横浜シネマリンの八幡さんがおすすめする6月上映の作品をご紹介しましょう。

今も続く江戸の循環農業を美しい映像で記録したドキュメンタリー映画『武蔵野』

「いろいろな映画館がありますけど、館主ご自身でちゃんと試写を観て、私が作ったような映画もちゃんと評価してくださる所で上映したいなと思います」

そう語るのは、横浜シネマリンで6月23日(日)から上映される映画『武蔵野』を監督した原村政樹さん。

地下鉄みなとみらい線と東急東横線が東京メトロ副都心線・西武池袋線・東武東上線と相互乗り入れしたことによって、横浜・関内とも直通運転の電車で結ばれるようになった埼玉県の川越市や所沢市周辺。

その一帯の農家では、雑木林の落ち葉を堆肥にして農作物を作るという、江戸時代の循環農業がいまも営まれています。『武蔵野』は、この奇跡のような伝統農法と雑木林の四季の美しさを記録したドキュメンタリー映画です。

「魂をこめて映画を作ってます」という原村監督に上映作品についてお話をうかがいました。『武蔵野』はどんな映画なのでしょうか。

「雑木林の落ち葉を集めて堆肥にして、それで農作物を作るという営みを描いた映画です。農家のごく普通の日常を追いかけたドキュメンタリーです。

このような農業は、横浜ももちろんですが、かつては日本のいたるところで、農家がやっていたことなんですよ。それでも映画を撮ろうと思ったのは、まず雑木林のことが地元や周辺の住民にほとんど知られていなかったということがあります。

埼玉のこの地域には、国木田独歩の小説『武蔵野』の世界がほぼ原型のまま残っているんです。完璧ではないけど。大都市圏にある農業地帯でこれだけの雑木林が存在するのは、世界的にみてもここだけしかないそうです。だけど知られていないんですよね。

雑木林があることは知っていても、大多数の人は自然の林だと思っている。農家の手で守られた農業林だということを知る人はほとんどいないんです。

この雑木林は、これまで300年以上続いてきた農業の文化遺産です。これからも300年続いて欲しい。大切な物はやっぱり残さなくちゃいけないという思いから、撮影を始めました」

この映画の見どころは、どんなところでしょうか。

「この映画では3人の農家を取り上げています。まず、作物を主軸に撮影したいと思ったので、ひとりは伝統農法を守っているサツマイモ農家の伊東さん。この農家を通じて、サツマイモを作るプロセスを描きました。

農作業を撮影して技術を説明するだけじゃマニュアルになってしまうので、うまくいくかなあと思ったんですが、撮り進むうちに、この方の心の中、人生哲学が浮き上がってきたので良かったと思います。

次は、雑木林を守る活動をずっと続けている環境派農家の横山さん。市民といっしょに雑木林の保全活動をする場面を撮りたくて選びました。

もうひとりは大木さん。若いご夫婦で、3世代家族の農家です。この方からは家族の温かさをすごく感じるんです。こんな家族っていいなって思いました。これまで政策によって農業の大規模化が進んできましたが、それでも日本の農業というのは7~8割は小さな家族農家です。原点は家族農業なんです。

農家の後継者がいないと言われていますが、この地域は埼玉県では後継者がいちばん多い所。日本全体で見ても、ずばぬけて多いと思います。若い人が農作業をしている姿を見ながら、どうしてこのあたりは後継者が多いのかと思って考えてみました。

ひとつの理由は、農家の経営規模が適正だということ。もうひとつは、ただ伝統農法をやるだけではなく、新しい作物も自主的に取り入れていること。農作物を出荷すると質が良くて高く売れるので、経営的にも安定して、専業農家として生きていける。だから伝統農法に誇りを持てるんです。

そして、それを見て育った子どもたちは『オヤジがなんか楽しそうに農業してた』ってね。これはいいですよね。だから20~30歳代で跡を継ぐ人がいっぱいいるんです。

なんだかんだ人生の中心は仕事になるのだから、自分が打ち込める仕事、ワクワクするような仕事をしていきたいじゃないですか。でも楽しいことだけで生きていくのは大変なんだけど、楽しいとストレスもなく生きていける。若い人たちがいきいきしていて、これがいいなって思いますね」

雑木林の落ち葉を集めて堆肥にして農作物を作るという循環農業。農業林としての武蔵野の雑木林の存在は、掛け替えのないすばらしいものです。そして、江戸時代からずっとその雑木林を守り、伝統農業を続けている農家の営みは本当に美しいと、この映画で感じました。

上映初日の6月23日(土)10:00の回の上映後、原村監督の舞台挨拶があります。

上映作品や上映時間については、横浜シネマリンのホームページでご確認ください。

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