シルクセンターのスクランブル信号を渡り、正面にマリンタワーを見ながら水町通りを歩く。
この辺りを歩く時いつも感じることだが、この辺が一番“横浜らしい横浜”だと思える。
肌に感じる海風、あちこちに残る歴史的な建物。
昼間の暖かい時間の散歩に疲れれば、ここから東にある山下公園のベンチで一休みするも良し、夜の人寂しく感じる時間であれば、開港広場から見える橙色のランプに温もりを感じるのもまた良い。
幾つもの選択肢を与えてくれるのも、ここから“どの”方角に向かっても、楽しむことができる場所があるからだろう。
たけど今は、朝から何も食べていない週末の昼過ぎ。目的は明らかだ。
猛烈に腹が減っている。
スクランブル信号を渡ってから、迷うことなく水町通りに入る。
この辺りは元々居留地で、街路に居留外人のための水道管が布設されていた。その名残りが通りの名前となって残っている。
この日の目当ては洋食。
がっつりの洋食とビールで、軽く酔いたい気分だった。
たまにこんな週末がある。
昼間の明るい時間に少しアルコールで気持ちよくなり、お腹をいっぱいにしてから、少しずつ日が暮れていくのを楽しんでいたい。
そんな週末の至福な時間の過ごし方を考えながら歩いていると、本日のお目当てのお店が見えてくる。
The HOF BRAU(ホフブロウ)
通りに突き出すようにかけられている看板には、横文字が並ぶ。こんなところでも横浜らしさを感じさせてくれるのが、また嬉しい。
いや、看板だけじゃない。
お店の外観すべてから、異国情緒がビシビシと伝わってくる。
タイルをあしらった壁に、こげ茶色の扉。
他では絶対お目に掛かることができない面構え。それがまた、これから食し更に酔う、週末の昼下がりの後ろめたさを忘れさせてくれる。
そして、ステンドグラスもまた良い
この扉の向こうに美味い洋食が待っている。
既にお腹が空きすぎて、脳ではなく、少し“熱く”感じるようになった胃が、早く扉を開けろと右手に指令を出す。
そしてそこに、大きなステンドグラスの美しさに刺激された脳が、理性という物質を大量に分泌させ、全力でくい止めようとする。
まぁ、落ち着け。
本当は、一目散に扉を開け、椅子に着き、一時でも早く胃に何かを入れたい気持ちでいっぱいだったが、それではわざわざこの店に来た意味がない。
焦る気持ちを落ち着かせるように、しばらくの間ステンドグラスを見つめ、呼吸を整えるように、我が身をコントロールする。
いざ・・・、
テーブル席にするか。
昼間っから呑むんだ。
お店には申し訳ないが、テーブル席にゆっくりと腰かけ、料理を並べてのんびりとやるか…。
ムードを上げる照明も良い。
きっと外国の旅客船の船内はこんな感じだったのだろう。
そう思わせてくれるのは、壁に付けられた洋風のランプ。
こいつはいいぞ。
羅針盤を思わせるような床の模様。
勝手なイメージかも知れないが、やはりここは外国船の中。
そんなことを感じさせる。
それはまるで、150年前に初めてこの地が開港し、一気に異国人が横浜へと足を踏み入れた頃、それを初めて見た日本人の衝撃が時空を超えて我が心に届いたかのよう。
ここにして正解だったな。
いやちょっと待て。
外はまだ明るい。外国船の客室を思わせるようなムードあるテーブル席も良いけど、一人で飲むんだ。
カウンターという手があるか。
壁にはウイスキーやリキュール等、たくさんのボトルが並んでいる。
更にムードに酔い、美味い物を食べるという至福の時間を一人で楽しむのであれば、こっちの方が良いかも知れない。
いや、こっちで決まりだ。
まだアルコールを口にする前から、既に柔らかい気持ちになっている。
そんな気持ちになっているのも、異国情緒を感じさせてくれる店の佇まいに酔っているのか、外国船を感じる店内で、海に浮かんでいるような錯覚を与えてくれたからなのか。
よし、いよいよメニュー選びだ。
まずはビールをオーダーすると、しばらくの間メニューを眺める。
今日は何が食べたい気分だ?などと、自らの胃袋に問いかけるようにメニューをパラパラとめくる。
どの品を食べても、ガッツリと洋食な気分は味わえる。
残る条件は、週末の昼下がりに飲みながらお腹も満たすということ。そして忘れてはならないことは、このお店を出た後、少しずつ暗くなっていく空を楽しみながら歩いて帰るということだ。
下らない目的だが、こういう日には、そんなことを楽しみながら時を過ごしたい。
まずはジャーマンポテトだな。
時間が無い平日に、ただ空腹を満たすためだけにランチを摂るのではない。
贅沢に時を感じながら、ゆっくりとお腹を満たすことができるだけの時間がある。わざわざ時間をずらしてランチをしに来たんだ。
うまい!
ゴロゴロと少し大きめに砕かれたジャガイモ。
それと和えられるハム。
そしてその上にかけられたパセリとパプリカ。
これは良い!
ビールとの相性も抜群だ。しばらく、こいつとビールでやっていよう。
その間に、次の一品を考える。
まだメインをオーダーするには早すぎる。
メインの前にもう一品を挟みたい。
何にするか?
チキンライス
お腹がいっぱいになる前に、ご飯物を持ってくるのも良い。何せランチを食べに来ているんだ。
スパピザ
いや待て。
スパピザって何だ?
こんなメニューは食べたことが無い。
う~ん。悩む。
どちらも甲乙つけがたいな。これは困った。
出来ればこの後に、メインを持ってきたい。
そしてメインは既に決まっている。
よし、決めた。
スパピザだ。お酒ももう少しは飲みたい。
ここでいきなりのライスは、その後の飲み物に影響する。何より、気持ちよく酔えないかも知れない。
それに、メインにはさっきメニューで見た、あいつを持ってくる。
ローストチキン アメリカンベーコンのせ ガーリックソース
今日はメインの前にスパピザを食べ、そしてその後にローストチキンだ。メインにチキンを持ってくるんだ。チキンが被る。今日はチキンライスは諦め、次回にしよう。
ホフブロウ風と書かれたチキンライスには、かなり後ろ髪を惹かれる想いだが、スパピザと両方は食べきらない。
ふわふわの卵がのせられ、オムライス風になっているところにデミグラスか?
ソースがかけられているチキンライスも食べてみたかったが、それは次回だ。
それにしても、このスパピザは美味い。
スパゲティの上に、チーズがかけられ、ピザのようになっている。
恐らくこれは、オーブンでしっかりと焼いているんだろう。
鉄のプレートの端にある焦げてカリカリになっているチーズがまた良い。
これは「あり」だ。
おい待てよ。
このローストチキンも最高じゃないか。
鶏の足一本が丸々と焼かれている。それに、たっぷりと掛けられたガーリックソース。
チップやスパイスではなく、荒く刻まれた生のにんにくが恐らく、2かけか3かけは使われている。
こいつはやられた…。
ふぅ~、最高にお腹がいっぱいだ。
それにしてもこのお店、どんな歴史を持っているんだ。
これだけの雰囲気と、これだけの料理を出すんだ。
きっと何かある。
戦後間もない昭和22年からの歴史
ホフブロウは戦後間もない昭和22年に、営業を開始した。
フィンランド人のオーナーが、今とは違い海岸通りにお店を出したのが始まりだという。
お店の名前になっている「HOF BRAU」とは、ドイツにあった酒場の名前だ。
昭和55年に今の場所に移り、そこから33年。店内は大きな改装もせず、移転当時のままで営業を続けているが、綺麗に保たれ、古さは全く感じさせられない。
現在のオーナーの上田さん
上田さんは、お店がある建物のオーナーでもあり、前オーナーが引退する際に、そのまま経営を引き継いだ。伝統と歴史のあるお店だから、前オーナーもお店を無くすのは辛かったそうだ。
上田さんも前オーナーの気持ちを引き継ぎ、お店を大切に育て続けていらっしゃった。
このお店は、常連のお客様の方が大切に想ってくださっているのです。お客様の想いでお店が育てられているのです。
そう上田さんは話してくれる。
何年も前にこの近くで勤めていた方が横浜を離れ、何年ぶり何十年ぶりに戻って来た時に来店され、お店が合ってよかったとおっしゃるお客様もいらっしゃいます。
お客様の方が、このお店にたくさんの想い出をお持ちなんだとか…。
それにしても、やはりここに来て正解だった。
異国の地に思いを馳せながら、週末の遅めのランチに洋食を選び、そしてお酒を飲む。他では味わうことができない、ジャガイモがゴロゴロしたジャーマンポテトに、かりかりのチーズまでも美味しいスパピザ。にんにくが香ばしく食欲を掻き立てたローストチキン。
よし、次にきた時こそチキンライスだ。ふわふわの卵の下にあるチキンライスを、口の中いっぱいに頬張り味わってやる。
それにしても気持ちが良い。
思い描いたシナリオ通り、少しずつ暗くなり始める頃。外国船を思わせてくれるホフブロウの航海に、うっとりとしたこの心地良さを感じながら少し歩くか…。
ショップデータ
- ホフブロウ
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- 横浜市中区山下町25
上田ビル1階 - TEL:045-662-1106
- 営業時間:
【平日】ランチ 11:30~14:30/ディナー 17:00~21:30
【土・日・祝】11:00~21:30 - 定休日:月曜日定休(祝日の場合は翌日がお休み)
- 横浜市中区山下町25