休みなく取り組んでいた作業も一段落。完璧に酸欠になってしまった脳に新鮮な空気を送り込むため、しばしのリフレッシュと称して散歩に出る。
山下公園のベンチに座り海を眺めたリ、象の鼻パークの芝生に寝転がって空を見上げたり…。
大きな仕事の一区切りには、次の一歩へのささやかだが贅沢な時間の使い方だ。この時間だけは、絶対に誰にも邪魔されたくない。
うっとりと微睡み、一人至福の時間を過ごしていた時、鳴ってはならない音がスマートフォンから鳴り響く。
美味しい物が食べたい…。
そのメッセージの主は、いつ振りだろうかすらをも思い出せない久しぶりの相手だった。
アイツが呼んだお友達とやらのあの子。
何でもアイツに連絡したが、どうしても外せない用があり一緒に食事ができないと断られてしまったという。
ちょうど良かった！
至福のリフレッシュの時間ではあるが、気が付いてみると辺りはすっかりと夕暮れ時。陽が高いうちのうたた寝は心地良いが、陽が陰ってくると肌寒く感じる季節になった。いつまでも芝生に寝っころがっていては、風邪でも引いてしまって明日からの仕事に差し支える。一区切りのリフレッシュどころか、反対に悪影響となってしまうかも知れん。
ちょうどJR関内駅に着いたばかりだと言っているあの子に、横浜スタジアムから横浜公園を抜けた日本大通りに来るように伝え、根を張ってしまった背中をムクリと起こす。
以前ランチで偶然に見つけたシャレたお店が、横浜公園の信号の近くにある。背中についたゴミを払い落としながら、瞬時に行先を決められた自分を誇らしく思いながら歩き始める。
MARCY’S
目指すお店は横浜公園の信号の角にあるビルの地下。ランチに何を食べようかと仏壇屋がある建物の前を通った時、OL風の女性が地下へと続く階段を下りて行ったのを見て、何があるかと興味津々になり偶然見つけたお店。
その時はテイクアウトで買って出るだけだったが、ニコニコ笑いかけてくれるシェフと、目の前で繰り広げられる調理シーンが印象的で、いつかゆっくり来たいと密かにリストアップしておいた。
何屋さん？
後ろを歩きながら尋ねてきたあの子の問いかけに、何も答えられずに、ただ黙って店の扉に手をかける。
何屋さんだっていいじゃないか…。
心の中でそんなことをそっと呟いてみたのは、以前テイクアウトした時にゆっくりとメニューを眺めることをしなかったから。正直に言って自分自身でも、このお店でどんな風に時間を楽しむのかわかっていなかった。
ムードのある白い壁に、カウンターだけの小さなお店。しかしガラス張りに可愛い絵が描かれた赤いタペストリーと開放的な高さの天井高で、まったく狭さを感じさせない。むしろ座る席に悩まされずに、一目散に正面カウンターに陣取ることだけに専念させてくれるのが嬉しくも感じる。
高木シェフ
高木シェフ：
お飲物は何にされますか？
おぉっと…。そうだった。この彼だった。
以前テイクアウトで来た時に、初めてだったこちらがオーダーに悩んでいるとお店の一番人気の一品をニコニコしながら教えてくれたシェフ。
その時の笑顔が印象的で、改めてゆっくり夜の雰囲気を楽しみたいとリストアップさせてくれた。
店に入る前から一杯目の飲み物を選ぶのには、悩むだろうと気が付いている。あの子の問いかけに返事ができないまま扉に手をかけた次の瞬間、国産ビールだけで10種類近くのボトルが入れられたアイスクーラーに一瞬、視線が釘付けになっていたからだ。
さぁて…。
モグモグ隊：
私はサングリアをください！
おっと…。そうだったな。
いつものようにすっかりと自分だけの世界に入って、この店の素敵過ぎる赤と白のコントラストを楽しみ、この店の悩ましいまでの計らいによる10種類もの国産ビールから、どの銘柄にしようかとワクワクすることに集中していたため、あの子を連れて来ているのを忘れてしまっていた。
モグモグ隊：
あ！嬉しい！！
サングリアと一緒に、カラフルなオードブルの盛り合わせも出てきちゃった！
ふふっ。
やはり女子ウケが良いと思い連れてきたのは正解だったかな。
席選びにドリンク選び。店に入ってからの最高にまでも至福なひと時に集中するあまり、その存在その物すら忘れてしまって機嫌を損ねていては困ると、サングリアと一緒にお勧めオードブルの盛り合わせをお願いしておいて正解だった。
それにしても、このプレートの美しさは、まるでアートだな。パンに塗られた2色のペースト。ピカピカと輝く緑と赤にオレンジのアクセントが入ったピクルスと、この店の2色のコントラストを凝縮したような真っ赤な器によそられた白。
このオードブルはまるで、白いキャンパスに絵具を散りばめた現代アートだ！
どれから手を付けて良いか、どれから手を付けるべきなのか、まったくもって検討が付かない…。
まいったな…。
モグモグ隊：
あのぉ…。前にお会いした時から思ってたんですが、座る席選びとか、ドリンク選びとかにスッごい時間をかけますよね。
それって必要ですかぁ？
オイオイ…。
モグモグ隊が乗っけから本領を発揮する!?
何を言ってくれてしまっているんだ。
どんな環境で食事をするのか、どんな雰囲気でお酒を楽しむのかは、この街で夜を楽しむときには絶対必要条件となるんだ。
ただ間違いなく美味いだけではなく、様々な要因を複合的に噛み合わせてだな…。
モグモグ隊：
うん！！
レバーのパテが滑らかで、すっごく良い。
臭みも全く感じないし、女子ウケ比率ハンパ無いかも。
モグモグ隊：
うん！うん！！
こっちも優しい食感で、すごく良いですっ！
優しいの奥に、良い感じのタコの食感がフッと現れて嬉しい！
モグモグ隊：
うん！うん！！うん！！！
このお肉もしっかりスモークされてて、香ばしい風味がちゃんとしてる。
って、おい！
このお決まりの流れってアイツだけじゃないのか…。この子にまで軽くあしらわれるような流れを作られてしまっては、すっかりこっちの出番がなくなってしまうではないか…。
まっ、それも良しとするか。
関内に出てきてご飯を食べる相手がみつからないと、思い出して連絡をくれたワケだし。それに女子ウケするだろうと何気にリストアップしておいたお店が、間違いなく女子にウケると確認することができたのだから、これは大金星を3つぐらいもらえる感じだ。
モグモグ隊：
えっと、またツッコミ入れさせていただいても良いですかぁ？
大金星とか言って、また何か独り言をいってるようですが、このサングリアは絶対味見した方がいいですよ。
ん？どれどれ…。
な、なに？？
あ、甘くない…。
甘くないだけでなく、どことなくスパイシーで、しっかりとキレがある。ちゃんとしているサングリアというのは、こういうことを言うのだろうか？もちろんフルーティーな香りはしっかりして、この飲み物がサングリアだとちゃんと判る。
高木シェフ：
甘くないでしょ？
その表現で合ってますよ。料理の邪魔をしないように、あえて甘くしていないんです。
食中酒として、お料理と一緒に楽しんでいただけるように考えているんですよね。
えっ？これですか？
ちょっと待っててくださいね。これから当店の人気No.1の料理をお作りしますからね。
ほぅ…。
どう見てもハンバーグだ…。うん、ハンバーグで間違いない。
おっ…！
ハンバーグにチーズをかけトロけさせた後に、バーナーでもう一仕事。焼け色を付けるんだな。
ひぃ～！！
なんだと…。ひき肉をこね、チーズを溶かした上にバーナーで一仕事。それがそのまま出てきただけでも感動し、その興奮を抑えるためにビールを流し込む作業を行わなくてならないだろうに、そこまで手を入れたものを更にパンで挟みサンドウィッチにしてくるとは…。
嬉しい程に手をかけている！
MARCY’Sバーグサンド＋チーズトッピング
高木シェフ：
当店を代表するメニューの一つ、MARCY’Sバーグサンドにチーズトッピングをプラスしています。
つなぎを一切使わない粗挽き牛肉100%のお肉感たっぷりのパティ150gに、新鮮野菜ととろけたゴーダチーズをトッピングしています。
何と言う大きさ。何という重量感。そして、お得感もふんだんに散りばめられている一品だ…。
両手でしっかりとつかみ、口のサイズに合わせ少しギュッとしてやると、肉汁がたっぷりと出てきて、その味をパンに移していくかのような絵が容易く脳裏に描かれる。
そ、それをこの子がいけるのか？
モグモグ隊：
いやいや、女子ですから。^^
可愛く美しくいただきますよ。
こうやってフォークでお肉をパクッと食べて、それでちょっとパンをかじって…。
モグモグ隊：
すこ～し小さくなったら…。
やっぱりガブリですね♪
ほぉお…。
いくらデートでは無いとは言え、年頃の女子が大きなお口を開けてガブリとはやらず、お上品に美しく食べる術を知っているものだ。
それだけだと肉汁たっぷりの旨い肉と野菜のハーモニーを優しく包み込むパンの重奏のメロディーを感じられないだろうと思いきや、最後にはその味をちゃんと味わえるようにそっとかぶりつく。
合格だ！
絵的にも美しく、そしてその味がちゃんと正しく伝わってくる所作。それでこそモグモグ隊と呼ぶにふさわしいというもの。
…
…
はて？
次の一品は何だろうか？
パンの器にポタージュスープ…。
そうかそうか。
〆に温かいスープで、今宵の満足さを噛みしめる時間を…。というやつだな。
な、何と！
それだけではないのか？ポタージュスープが入れられたパンの器の上を蓋をするようにとろけたチーズをかけていく…。
…。
わ、分からない。
見たことも聞いたこともない工程が目の前で繰り広げられ、既にボキャブラリーの限界に達してしまったのか…。
いや、それではダメだ…。
ちゃんとこの秀逸な一品も、絶賛の言葉の嵐で表現していかなくては…。パンの器のポタージュスープに、高木シェフの遊び心を隠し味にしたチーズが纏われたこの一品を如何に表現するか…。
ふぅぅぅ～
モグモグ隊：
あの～。
さっきからずっと思っていたんですが、ようは食べちゃえば良いんじゃないですか？
食べる前から表現しようとしても判らないこともありますよね。
ほら！
スプーンを入れて見たらわかるじゃないですか！
こんなに伸びるチーズに、黄色いポタージュ。かぼちゃの甘さを優しく包んでいるチーズって感じかしら。
それにチーズでしっかり蓋をしていたから、ポタージュが温かいままで素敵に美味しいですっ！
モグモグ隊：
チーズとポタージュを楽しんだ後は、パンを楽しむ順番ですね。
きっとヒタヒタにポタージュがしみ込んで、一段と柔らかくなったパンを楽しむ順番。
なるほど！
って、おい！！
何かと調子を狂わせてくれる子だ。
これほど珍しい一品をただ食べて表現するだけなど、秀逸なまでに超越したビジュアルに失礼ということなのだ。
いや…、待てよ。
この子が言うのも正しいのかも知れんな。
ビジュアルがそれだけでも素晴らしい一品だからこそ、ただ黙ってその味を静かに愉しむ。感動を静かに味わい、静かに衝撃に酔いしれていく。
ここでも見つけちまったようだ。
あれあれ？
黙々とシェフは何をやっているんだ？
高木シェフ：
お肉を挟んでいたサンドウィッチのパンも、そのポタージュの器になっているパンも、お店で毎日焼いているパンです。そのパンの生地をこうしてこねて準備しているところですね。
え？
何屋さんかって？
そうですね。あえて例えるなら自家製パンとオーブン料理の店ですね。
ただ料理のジャンルにはこだわらず、色々なスタイルで美味しいメニューを考えていますね。
なるほどだな…。
この店に向かう時、この子に訊ねられて答えられずにいた答えがそれだな。
ジャンルにとらわれず多彩にメニューを考えるお店。毎日お店で焼き上げる自家製パンと、オーブンを駆使して繰り広げるメニューたち。
ふふっ。
あの時の正しい回答は、
食べてみればわかるよだったな。
さぁて、せっかく日本大通りにいるんだし、少し散歩でもして帰るとするか…。
ショップデータ
- MARCY’S
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- 横浜市中区日本大通58
日本大通ビルB1 - TEL：045-651-1375
- 営業時間：
昼：11:30～14:00
夜：17:00～22:30 - 定休日：日曜日
- 横浜市中区日本大通58
