少し暖かさが感じられるようになった春分の日の三連休。
たまには取材を抜きにして食事でもするか?
そういってアイツを誘うことにした。
この日は「横浜三塔」の一つ『キングの塔』を記事にするため、昼間のうちから行動をしていた。
既に今日は取材を一件終わらしたんだ。こんな日は、日ごろ取材同行のために休日かまわず付き合わせているアイツを接待してやろう。
そう言って旨い魚が食べたいというアイツを連れ、馴染みの店で食事を摂った。
せっかくだからもう一杯飲んで帰らない?
昼間の取材で階段を上り下りしたからだろう。2合しか飲んでない割には、いい感じにほろ酔い気分になっているところに、今度は珍しくアイツの方から声をかけてきた。
時間は19時を過ぎたばかりだ。
このまま帰るのもつまらないか。
そうだな。やっぱり関内に戻ろう。
そういって近くの駅から地下鉄に飛び乗り、関内まで逆戻りする。アイツに付き合って魚を堪能した後だ。もう食べる物は要らない。
さてこの後はどんなところがいいか…。
ゆっくり寛げるところがいい。
旨い魚の次は、ゆっくり寛げるところか…。今日のアイツは、色々と注文が多い。
こうなったら手持ちのカードを切るのではなく、今日のこの要望に即興で応えてやろう。
何となく挑戦された感じがして、ムキになって要望に沿った店を探すことにした。
地下鉄の駅を降り、関内桜通りを歩く。
こんな時は、動物的嗅覚を発揮することが多い。思考より先に、足が関内桜通りを選んでいた。
本当に何となくだった。
何かに誘われるように関内桜通りのタバコ屋の門で足が止まると、今度は見えない誰かに呼ばれるように脇道を入っていく。
The Bar Tenmar
ほう。
こんなところにBarがあったのか。
今まで散々この道を通っていたのに、気が付かなかった。
看板も遊び心があって良いな。
何!?
屋上へノボレ
屋上へ上れとはどういうことだ。
この建物の屋上にBarがあるというのか?
確かに上へと上がる階段の先から明かりがこぼれてきている。
そんなはずはない
と、疑心暗鬼なって騒ぐ心が収まらない。
もし本当にこの上にBarがあるとすれば、間違いなく今のこの気分にぴったりな店になるだろう。
それに飲み歩きの経験からも、屋上にあるBarは雰囲気が抜群だと相場が決まっていることはわかっていた。
本当か…。本当に屋上にBarがあるのか?
違う角度から見上げてみても、屋上に明かりが浮かび上がっているのが確認できる。
こんなところにBarがあっただろうか?
狐にでもつままれた気持ちになったが、どうやらこの上にBarがあることは間違いないようだ。
なぜこんなところにインターホンがあるんだ?
そうか。
階段を上がった後に満席で入れないと、上がった苦労が水の泡になるからか。
上がってくる前にちゃんと確認しろということか…。
ここにしよう。
この店は間違いない。もう心は確信していた。
今日は何だか階段に縁があるな。県庁の取材でも階段を上り下りし、疲労しているはずだった足は、それがまるで無かったかのように軽快に階段を上っていく。
脳より先に、足がそのBarを求めているようだった。
カツン、カツン、カツン
後からついて上がってくるアイツのヒールの音が軽快に響く。
踊り場で折り返し、更に
カツン、カツン、カツン、カツン
3-6
なんだ?この数字は?
この建物の番地か何かだろうか…。
何にしても「3」と「6」は好きな数字だ。ますます好みの店だな。
意味の分からない数字を気にしている暇はない。
どんなだ?
どんなBarなんだ?
やっぱりだ。
雰囲気抜群じゃないか!
屋上に上がると、そこはまるでウッドデッキの世界。
さながら木で出来たお洒落な船の中のようだ。
木の壁に太い丸太の柱。
夜空の黒と対照的な温もりあるランプの灯り。
今日は嗅覚が冴えていた
落ち着いた雰囲気のBar。
そんな店ならいくらでもあるが、アイツから課題を与えられた夜だ。
普通のBarではない、120点の回答が必要だったが、
どうやらそれは軽くクリアできただろう。
ゆっくり寛げるBarだよな?
そう確認しながらカウンターに腰を下ろす。
いつも連れて行くのは、飲食店の取材ばかり。だから、パクパク隊なんだ。
ただ今日は出番のために連れてきたわけじゃなく、日ごろの労いのための接待だ。
たまには好きな物を飲んだらいい。
そうパクパク隊に言ってから、カウンターの中にいる口ひげを蓄えたマスターに声をかける。
マスター、メニューを見せてくれる?
マスター:
そこにあるフカフカの巻物がメニューになってます。
目の前にあった巻物の紐をほどいてみると、マスターの言った通り、それがメニューになっている。
お洒落じゃないか!
マスター:
お通しも含めて、メニューは全てワインコインの500円です。
あと、何せ屋上にあるお店ですので、レジが置けないんですよね。
なので、キャッシュオンでお願いします。
マスター:
屋上ですからね。強い風の時はお札が飛んで行ってしまうこともあります。
キャッシュオンでお札をご準備いただく時は、これを重しに使ってください。
なるほど。
カウンターの上に幾つか置かれているコイツは何だと、さっきから気になっていたが、重しに使うのか。
また一つ謎が解けたところで、そろそろ飲み物を選ぶとする。3月も後半になって、少し暖かくなってきたとは言え、陽が落ちるとまだまだ肌寒い。それにここは吹きっさらしの屋上だった。寛ぎを求めてやってきたのだから、少々長居していきたいところだ。
温かいお酒って何かあるかな?
フカフカの巻物になっているメニューをくるくると巻き直し、それだけ言って出てきたお通しをつまむ。
ガラスのお皿に盛られたお通しは、チーズとハムとアボカド。
どれも一口サイズで、軽くつまめるご機嫌なお通しだった。
ホットバターラム
マスター:
どんなバーテンでも、このお酒は作るでしょうが、たぶん日本で一番このお酒を作るバーテンじゃないかな?私は…。何せ屋上のBarですからね。寒い時期には、このお酒を頼むお客さんが多いんですよ。
ホっ!
バターがゆっくり溶けているグラスに添えられたのは、シナモンのスティック。
こいつでかき混ぜると、まったり感が強いバターが突然にさわやかに感じる。
どうやらお気に召したようだ。
こっちはヨコハマだな
そうオーダーすると、マスターが軽快なシェイカーさばきで、綺麗なショートカクテルを作ってくれる。
何とも良い笑顔じゃないか。^^
ちょっと女性っぽいカクテルを頼んだのは、今日の出番はないはずのパクパク隊が、気になって手を伸ばすと思っていたから。
今日は細かいことを言わずに接待してやろう。
普段ならパクパク隊に美味しいところを持っていかれることに不満を言うところだが、雰囲気の良いBarのおかげで、穏やかな気持ちで許してやれる。
それにしても、何と雰囲気の良いBarなんだ。
店の壁はWoody。
そして、カウンターはコンクリートで出来ている。
どうやらカウンターそのものは、コンクリートブロックで積み上げられている。
そして屋根の代わりには、ヨットの帆を思わせる白い布だ。
日差しよけかな。
真夏なんかは、この日差しよけが無いと暑くてたまらないだろう。
通りが見下ろせる側にはランタンがぶら下げられ、夜の航海に出た船の上で酒を飲んでいるような気分にさせてくれそうだ。
色んな表情を見せる最高のBarじゃないか。
本当にいい店を見つけた。
不意を突かれたアイツの一言に、引き出しが無くドギマギしたが、動物的嗅覚でココを嗅ぎ付けたのは、今後の自信につながった。
そういえば、店の名前は何て読むの?
そういってマスターに話かける。
マスター:
『The Bar Tenmar』は「テンマ」と発音します。
私の名前が天馬というんですね。それでBar天馬です。
でもなぜ屋上にBarを?
マスター:
この建物の1階が、母親の実家なんです。
100年以上続くタバコ屋なんですよ。
元々は学校の教師をやっていましたが、退職を機にこの屋上で何かやりたかったんです。
!? わかった!
さっき不思議だったあの数字は、学校の先生時代の思い出の品かな?
「3-6」というのは、建物の番地ではなく、教室のクラスのことか。
何から何まで、ストーリが良くできているな。
それにしても、関内新聞が発行された昨年12月から、この界隈は毎日のように歩いていたが、
このお店は全く気が付かなったな。
マスター:
屋外で屋根もないですよね。極寒の冬の時期はお店はお休みしています。今年はこの三連休から営業を再開しました。
お店は基本的に「年中無休」です。ただ自然の命ずるまま、雨天・極寒・強風の日は休業します。
夏なんかは最高だろうな。ビールが旨いだろうね。
マスター:
去年の8月は雨が1日しか降らなかったんですよね。なので、お休みは1日しかありませんでした。
マスター:
夏も良いですけど、これからの季節も最高ですよ。何せ、そこの通りは関内桜通りですからね。
桜を見下ろしながら、お酒を楽しんでいただくことができます。
また一つ、ワクワクする楽しみができた。
ちょうど今年の桜はいつかと、ソワソワし始めたところだった。今年の花見はココで決まりだな。
そんなことを考えていると、そろそろ良い時間になった。またすぐ桜の時期になるから戻ってくるとしよう。
それにしても、動物的嗅覚でココを探り当てることができたのは、何かの縁だったのかも知れない。ここならゼロ次会ビールを飲みながら、待ち合わせの時間つぶしにも立ち寄れそうだし、2次会の後の一人反省会にバーボンを飲みに来ても良い。
もちろん2次会でもだ。1日に2度来ても楽しいかも知れないな。
本当に最高な店を見つけた。誰にも教えたくない店の一つだな。特に桜の時期が終わるまでは秘密にしておきたい。関内でここ以上に良い花見のスポットはないだろうから…。
マスターが帰りにトイレによって帰れと言っていたが、そういえばなぜだ?
なるほど。トイレのドアのこのメッセージを読ませたかったのか。
言われなくても、必ずまた来るヨ。
ショップデータ
- The Bar Tenmar
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- 横浜市中区相生町2-52
(栗原たばこ店 屋上) - TEL:080-4147-8100
- WEB:www.bartenmar.com/
- 営業時間:17:00~23:00
- 定休日:雨天・強風・極寒
- 横浜市中区相生町2-52