帰る前に疲れを癒しにどこかに寄りたいな…。
せっかくの週の仕事終わりの日だった。
まっすぐ家に帰ってダラダラと過ごす前に、一週間の疲れた体を癒し、翌日のために鋭気を養って帰りたかった。
そんなことを考えているところに、タイミングよく携帯電話にアイツから着信が入る。
食事でもして帰らない?
アイツも仕事が終わり、何処かに寄ってから帰りたい気分だったようだ。
いや、ちがう。
休み前の夜は、決まって美味いもんを食べて帰りたくなる性分を読まれていたのだろう。
まぁ、いい。
すぐに会社を出れると言っているし、どこかで待ち合わせて今宵の立ち寄り先を物色して帰ろう。
そう言って、アイツと馬車道の関内ホール前で待ち合わせることにして、電話を切った。
ほどなくしてアイツが約束の場所に現れると、あてもなく今夜の美味い物を探し始める。
美味い物はあちこちにある。が、あてもなく彷徨う時は、足が勝手に慣れた道を選んでしまう。疲れと空腹が同時にきている時は、脳に足を直接動かしてもらう方が良い。そうしないと、空っぽの胃袋が暴走して選ぶと、疲れが癒されないことがある。
気が付いてみると、馬車道から薬局の角を曲がり裏馬車方面に体が向かっていた。
この方向は確か、アイツをデートっぽい感覚にしてやろうと連れて行ったプラネットBar星蔵がある方向だ。
裏馬車には、美味そうな店がたくさんある。
プラネットBar星蔵や青空タンメンなど、立て続けに当たりクジを引いたこの裏馬車に、今夜の脳は足を動かしているのだろう。
すっかり春らしくなり、爽やかな夜風が疲れた身体の火照りを冷ましてくれる。
良い季節になった…。
そうアイツに呟き、関内の夜の空を見上げて歩いていたところ、気になる看板が目に飛び込む。
こんなお店あったか?
目についたその看板は、どうやら星を見に来たプラネットBar星蔵がある建物。前にデートっぽいことをしにやって来た時には気が付かなかった。
通路の先に、今宵を癒してくれる美味いもんを直感的に感じる。
お魚ダイニング わんだ
建物の外の気になった看板は2階についているようだったが、入口は1階にある。
通りにも大きな看板もあり、かなり目立つような気もしたが、前は何で気が付かなかったんだろうか。
今日は、ココで当たりだ。
珍しくアイツとタイミングが合った今宵に、そんな天性の勘に導かれた癒しの立ち寄り先。直接足を動かしていた脳が、その支配権を胃袋へ委譲した瞬間、一目散に扉を開けて中へと入る。
1階に店舗があると思いきや、扉を開けるとそこは階段。
踊り場に何やら流木のようなオブジェが飾られ、この店の専用階段になっているようだった。
疲れた身体ではあったが、そんな素敵な出迎えに、心から和まされる。
さて、いよいよだ!
流木のようなオブジェ。それにモノクロの看板写真は、漁をしている男たちと漁船の絵。
通りから見上げた看板と、通路の先に仄かに輝く扉の看板。その扉の向こうにあるアプローチから、メインの入り口に白黒なのに“しすぎるほど”に主張する海の予感。
こういう店には、強面の職人がいる。
ほぅら、思った通りだ。
職人気質の塊のような鋭い目。その真剣な目が見つめる先で、繊細な仕事を進める指先。
話しかけると刺されそう。
こんな凍り付くような感覚が、間違いなく当たりを導く。
きっと美味いもんを食わせ、今宵の目的である疲れた身体を癒すことを、黙って預けられる職人だ。
しっぽりとプライベート空間な個室で、横並びになって癒されようか。
それともテーブルに美味いもんをいっぱい並べて、目でも味を堪能しようか。
ちょっと強面な職人の、間違いなさそうな仕事っぷりを確認すると、次にするのは席選び。
全体的に茶色で統一され、こだわり抜かれた広い店内。
どこに座っても楽しめそうだ。
ぐるりと店内を回り座る席を物色するも、いつものように職人の仕事っぷりが見られるカウンターに目がひかれる。
しかしそこには、刺すようなあの鋭い目。
こんな目の職人の前に座っても大丈夫だろうか?
癒されるどころか、生きて帰れるのか…。
鋭すぎる目をした職人を見つめ、手のひらがしっとりと湿ってくる感覚を覚え始めているところ…、
魚をさばく刃物のように鋭い目にしか感じない職人が顔を上げる。
和田さん:
伊豆の海の幸をテーマに店づくりしてます。^ ^
ギョ、魚ょ~
な、なんだ。
魚をさばく手元が止まると、最高に柔らかい笑顔を見せてくれるじゃないか。
店に入った時から、黙々と魚をさばいていたのか…。
すっかり典型的な堅物で無口な「職人気質」な人だろうと、話しかけられる雰囲気を感じていなかったが、笑う顔を見ると気さくに話しかけても、色々と魚のことを教えてくれそうな柔らかい人だ。
パクパク隊:
早く飲もうよ。
お店に入ってから、席選びに時間をかけて色々と連れまわすから、すっかり喉乾いちゃったじゃない。
そうだった。
今宵は真っ直ぐ家に帰るのではなく、その前に疲れを癒し、次の仕事への鋭気を養うために立ち寄る店を探して、この店に来たんだった。
それにしても、この店。全体のテイストが、何かに統一されているような感じもするが、何なんだろうか?
照明の大き目の豆電球みたいな作りは、遠い昔いったどこか…、いや、何かの本の写真で見たような気がする。
和田さん:
伊豆の魚をたっぷりと食べてもらうお店です。
その魚を仕入れている伊豆の漁港の人たちが、漁から戻って家に帰る前に立ち寄る「舟小屋」をイメージして作っています。個室の壁はまさにそのイメージですね。トタン調に仕立てて、ゆっくりと疲れを癒していただけるように考えたんです。
そうか。なるほど。
天井からこの店の全体の雰囲気を優しく作り上げるように灯りをともす照明は、子供の頃、社会科の教科書で見た漁船の写真をイメージさせていたんだ。
徹底的に伊豆の海と魚にこだわり、店の雰囲気を作っているんだ。
間違いない。
お店の外看板からアプローチ、そしてお店の入り口にあった看板と、そして徹底したコンセプトで作り上げられた店内の雰囲気。
さらには、魚をさばくと包丁を握った時に見せる、鋭い目。
このお店なら、今宵が必要としている、美味いもんで一週間の疲れを労い、次へと繋げる活力を与えてくれるはずだ。
梅・海苔くらげ盛り合わせ
こんな時は慌てず、ゆっくりやった方が良い。ビールで喉を潤したら、次は酒のあてをチョイチョイとつまみ、メインの魚に行きつくまで、ちびちびと酒を飲む。
ほぅ。これはクセになる。
コリコリとした食感と歯ざわり。
ひとつまみずつ、ゆっくりと口に運び、そしてそのコリコリを口の中で楽しむ相棒として、梅と海苔の違った装いをしたクラゲを選べる。
こんなつまみを噛みしめることができる口の中は、既に海の香りが踊り始めるようだった。
自家製 烏賊の塩辛
今度は塩辛だ…。
最高に日本酒に合う一品。こういうのが必要なんだ。
定番の日本酒のつまみ。その余韻を口の中で感じながら、注ぎ込む美味い日本酒。
考えただけでも、口の中はよだれで洪水を起こしてしまう。
パクパク隊:
この塩辛、美味しいね。
何か、普通とは違う感じがする。何だろう…???
和田さん:
ゆずですね!風味づけにゆずを入れています。香りがあるとお酒にも合うでしょ!
お魚はどうします?伊豆のお魚といえば、この季節は金目鯛が美味しいですよ。
ちょうど今も、煮付け用におろしているところだったんですが、召し上がりますか?
もちろんだな。
クラゲと塩辛で、日本酒を楽しみ始めたこともあるし、最高の伊豆の魚を刺身でいただこう。
そして、刺身をつまんでいる間に、金目を煮付けてもらおうか。
パクパク隊:
ちょっと失礼するわね。
そういって席を立つアイツを横目で追い、手は先ほどもクラゲと烏賊を口の中で泳がせてくれている日本酒に伸びる。
…
…、…、パク。
すっかり一人で来た気分になって、塩辛とクラゲを交互に楽しんでいた。
そんなタイミングで、珍しくルンルンした足取りでアイツが戻ってくる。
パクパク隊:
お手洗いが広くて綺麗だったわ。
男っぽい居酒屋さんだと、女性はお手洗いとか気になるもんよ。
女性専用になってて清潔だったし、女性でも安心して来れるね。
それは良かった。
女性を連れて来ても平気なお店っていうのは、男にとってもありがたい。
せっかく美味いもんを食べて疲れを癒そうとしても、横でゴチャゴチャ言われた日には、疲れが取れるどころか、逆に増やしてしまうことにもなりかねない。
どれ、ビールと日本酒でたまった水分を出すとするか…。
確かに雰囲気が良い。トイレの前のアプローチまでしっかりとコンセプトを貫いている。
これは女性だけじゃなく、男だって気持ち良く用を足せるというもんだ。
すっかり気分が良くなった。
日本酒のせいではない。癒される美味いもんを探しアテもなく裏馬車に来たが、
また見つけちまった。
美味いだけでもダメ。
雰囲気が良いだけでもダメ。
癒されるってポイントは、その二つを徹底的にこだわってくれてるお店の心意気なんだ。
この店は、それを持ち合わせている。
お刺身の盛り合わせ
なるほど。新鮮そうなお刺身だ。
しかも、この大きさは男には嬉しい。食べ応えがありそうだ。
まずは、真鯵だ。
弾力のある歯応え…。あれがガツンときたら、このカットはアイツにはやや大きいか…。
ん!?
そ、そんなことはない!
なんだ、この柔らかさは…。新鮮な上に、身が柔らかく、それでいて味がまろやかに甘さを感じさせてくれる。
金目はどうだ?
なんとっ!
今まで食したことが無いような、初めて食べる旨味のある金目鯛の刺身。
それをこの「塩」で食べさせることで、金目鯛の旨味とほどよい甘さが更に際立ってくる。
それは、まるで魚の味の輪郭、いやエッジが効いている。
和田さん:
私は、漁師まちの伊豆の漁港近くで13年近く修行して、この店を出したんです。
魚本来の美味さを味わってもらいたくて、少し大きめにカットしてるんですよ。
それに、柔らかいでしょう?
それは、魚を一日二日、寝かせて脂を回して、その魚が持つ本来の味を出しているんです。
場合によっては三日寝かすこともありますよ。そうすると、魚の身も柔らかくなって、大き目のカットで、しっかりと魚本来の美味さを味わうことができるんです。
和田さん:
それと、そのわさびと塩にもこだわりがあるんです。
「わさび」は中伊豆のわさび農家さんから、「真妻」という品種のわさびを仕入れています。辛味が強く、またほのかに甘味があるのが特長なんですよ。
それと「塩」は、西伊豆の透き通る海水を24時間かけてじっくり丁寧に煮込む昔ながらの製法で作る、手造りの本格塩を送ってもらっています。
どちらも伊豆から直接入手しているので、お魚との相性もぴったりでしょう。
どこまで徹底するんだ。
ここまで徹底することで初めて、店の看板に
伊豆の海を喰う
と、書くことを許されるのだろう。
金目鯛の煮付け
そして、今日のメインはコイツだ。
クラゲと塩辛、そして豪快でなお繊細な刺身の美味さで、すっかりと日本酒が進んでしまった。
ちびりちびりとやっていた日本酒のピッチを、ココで上げてはならない。
更に、ちびりちびり…、ちびりと日本酒をやり、そしてこの舟小屋で鋭気を養って帰りたい。
キンメの目! ^^v
どうして煮付けの目に弱いんだろう…。金目鯛に限らず、魚の煮付けは、目玉の周りのゼラチン質の甘味を、まずは口に含むのが良い。
酒のみだけじゃなく、この美味さを知っている人は多くないか?
よしっ!
まずはココからだ。
デンっ!!
パクパク隊:
いつもそこから手を付けるのね。
私はどうしても目玉には手が付けられないのよ。
だからいいんだ。
こんな雰囲気の良い店で、煮付けの目玉を取り合ってみろ。
店の人に笑われるじゃないか。
そうだ!
しっかり味がしみ込み、辛口の日本酒にも負けない強い味が口の中に広がる。
このぐらいしっかりとした味付けじゃなきゃ、日本酒の美味さも引き立たない。
それに、日本酒を口に含み、その余韻の渦中に金目の身を放り込めば…、
何とも言えない絶妙な味が、ハーモニーを奏でるじゃないか。
呑兵衛に嬉しいじゃない!
パクパク隊:
じゃ、私もいただこうっと。
パクパク隊:
見て!この照り。キラキラしてて、いい感じの照りよ!
確かに、日本酒が欲しくなる味ね。
とかいいながら、なんだかんだどうせ呑むんでしょう…。
当たり前じゃないか。今宵はそんな気分だったんだ。
まっすぐ家に帰ってもとれない疲れを、美味いもんと酒で癒しに来たんだ。
すっかり出揃い目の前に並んだお料理。徹底的に伊豆にこだわり、そして間違いのない仕事で出してくれる今宵の肴。
既に目玉をくり抜かれてしまった金目鯛に、癒された満足感たっぷりの痕跡を残し、後はクラゲと塩辛で、ちびりちびりとやればいい。
アテがなくなれば、鋭い眼差しで仕事をする職人が、たまに見せる笑顔をつまめば、また酒が進むってもんだ…。
パクパク隊:
私はすっかり気分良くなっちゃったわよ。
今度はお友達を誘って来ようかしら。
好きにしたら良いさ。
すっかり疲れもとれ、鋭気がみなぎって来たから、パラダイスカフェで音楽でも聞いて帰るとするか…。
それにしても、あの職人の鋭い目は本物だったが…、
優しく笑うんだな。
そんなところが、女性への心配りも忘れない店づくりに出ていたんだろう。
ショップデータ
- お魚ダイニング わんだ
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- 横浜市中区相生町5-95
トラストワンビル2F - TEL:045-664-4224
- WEB:www.osakana-wanda.com
- 営業時間:
月~木・土/17:00~24:00(L.O. 23:30)
金曜日/17:00~3:00(L.O. 2:30) - 定休日:日曜(月曜が祝祭日の場合、日曜日営業、月曜休み)
- 横浜市中区相生町5-95
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