関内新聞

【繋想】様々な奇跡が重なり北欧の想い出を繋げるBAR NORGE-前編

夏が眩いほどに夏だと主張する気温が続いている。世間は夏休みに入っているというが、相変わらずの生活が続いている身にとっては、何も変わらない日常が続く。

昼間にたっぷりと汗をかき、しっかりと頭と身体を使ってやれば、夕方には必ずと言って良いほど、浮世離れした空間でまったりとした時間が欲しくなってしまう…。

 
久しぶりに飲まないか?
 

いつ振りだろうか?

そんなことを考えながら、アイツに声をかける。この数週間、すっかりと自由な時間をとることができていなかったおかげで、アイツを連れ出すことも少なくなってしまっていた。

※アイツとはパクパク隊のこと。このところパクパク隊に憧れて登場を希望する準レギュラー陣にその地位を奪われつつあるという噂も出ているので、2ヶ月ぶりに今回の出演となる。ちなみに前回はお好み焼きの回で本領を発揮している。

ちょうどよく夏休み中だというアイツは、夕方にはこちらに出てこれるという。

それならばあと一息、残っている作業に精を出し、心も身体もどっぷりと浮世を離れてやるべきなのだろうが、いったんあちらに向いてしまった心は戻ってこない。

 
先に行ってやっていよう。
 

すっかりとスイッチが入ってしまった心に促されるように身体も支度を整え、頭と一緒になって今宵の素敵な時間を過ごす場所へと足を向かわせる。

 
横浜スタジアムから歩道橋を渡り、ビジネスホテル側から中華街に入っていけば、そこにこんな気分に打ってつけのBARがある。本当はアイツには教えたくない気もしていたが、場所が説明しやすいことも手伝って、この店を選ぶのに戸惑いはなかった。

 
BAR NORGE

確かこの店との出会いは、仕事仲間からの紹介だった。普段は人から薦められる店には行かないようにしていたが、大切にしたいと思えた時間を過ごさせてくれたから、ここだけは特別にしまっておいた。

観光客で賑わう中華街から一歩足を踏み入れれば、その瞬間から外洋に浮かぶ大型客船を感じさせてくれる空間に身を投じることができる。

パチンっ! とスイッチを切り替えるかのように、瞬時に雰囲気を味あわせてくれるのも、この店を大切にしていた理由だったのかも知れない。

火照った身体なのか、酸欠になっている頭なのか、このスイッチが入ってしまった今になって考えれば、理由は何でも良いのかも知れない。ただ当てもなく彷徨う客船の静かな雰囲気に身を任せ、ガツンとパンチの利いたバーボンで寛ぎの瞬間を味合うことができれば、それで良い。

店に入るといつも出迎えてくれる、皮に彫られた「WELL COME」の文字。

ガッツリと年季が入っているはずのこんな飾り付けも、古さを感じさせることはない。程よく照り光り、一目散にカウンターに腰を下ろしロックグラスを傾けたいはずの気持ちをなだめ、足を止めさせてしばし見入ってしまうほど。

一つ一つに意識を止め、一つ一つを心に刻み、全身でこの店の雰囲気に酔いしれたいところだが、このままではアイツが来てしまう。その前に、カウンターでバーボンをあおり、目を閉じて感じる海の上をツマミに、一日の疲れを癒して、別の一日を始めておきたい。




なのにも関わらず、腰を下ろしたカウンターからは、バーボンを探すために視線を送っているのか、カウンターに置かれた洒落た時計に見とれているのか、この店の徒ならぬ居心地の良さに、一つ一つに時間を忘れてしまう。

何かを競いに来たわけでも、忍耐力を鍛えに来たわけでもないが、やっとの思いで我に返り、いつものバーボンを見つける。そんな簡単なことにも時間をかけさせてくれるのも、この店の憎いぐらいの計らいなのだろう。

男が一人、自分を磨きにやってくるのがBARでなくてはならないのか…。

※20年以上も前から飲んでいるOld Grand Dad 114 Proofが、いつものバーボン。大人の飲み方を教えてくれた大切な友達が教えてくれたパンチの利いた銘柄。前回はLE BAR sure Tで見つけていた。

 
バーテンダーの中村 英吾さん

中村さん:
お決まりですか?

 
あぁ、決まったよ。

決まったも何も、本当は最初から決まっているんだ。いつものバーボンを飲んで、静かにアイツを待っていようと、この店の看板を見た時から決めていたんだが、一歩進む毎に心を奪ってくれる、この店の一つ一つに時間をかけられ過ぎてしまっていただけなんだ。

そうそう。

バーボンのロックには、この丸氷がかかせない。いつかのBARでも囁いていたかも知れないが、カウンターで男が一人バーボンに耳を傾ける時には、この丸氷を思わせぶりにクルクルと回しながら飲むと相場が決まっている。

氷を回しながら、この一日の出来事を振り返り、また酸欠になった脳に新しい酸素を送り込むかのように、深いため息と一緒にバーボンを口にすれば、身体の隅々までいきわたる冷たい感触が、新たな活力をみなぎらせていく。

 
ふぅぅ…。
 

この店にいると、どれだけ時間が過ぎてしまったのかの意識がなくなるな…。




確かにいえることは、ゆっくり飲むつもりで飲んでいたはずの、いつものバーボンがもう、一杯目を飲み終えようとしているということ。

ようやく意識を我に返らせてくれたのは、何気なくバーボンのグラスを傾け視線をやった先にあった、色鮮やかなコースター。YOKOHAMAという文字と一緒に刻印される、SINCE 1972の文字。

確かNORGE (ノルゲ)というのは、ノルウェー語で「ノルウェー」の意。店の名前にもなっているノルウェーの国旗を至るところで目にすることによって、この店全体が北欧の海賊船となり、まだ見ぬ大陸を求め40年に渡り外洋をさまよっている物語の主人公にしてくれる。


 

それが時間の意識をなくしてくれているのか…。

 
いや、待てよ。

先ほどからの、穏やかで不思議なくらいまで時間の感覚をなくしてくれるのは、何もこの店の長い歴史と北欧の海賊船の物語のせいばかりではないな。

店の一番奥で、その存在感をビシバシと主張している、暗闇に光るあのジュークボックス。コイツもこの店の不思議な時間の流れを創りあげている大きな要因だ。

ムードを盛り上げるために、ただ置かれて光を放っているだけの存在ではない。

近づいてよく見てみると、コイツは紛れもなく、現役に音を放てる役割を担っている。

ムードを出すために置かれているだけでなく、ジュークボックスとしての本来の役割である、

最高の音楽で雰囲気を作りあげるという、

当たり前すぎる程の役割を、まだ現役としてこなせる本物の光を持っている。

ややもすれば、その役割を果たすだけなら、現代なら当たり前の他の術がいくらでもあるはずなのに、この時勢になってもコイツが現役を続けていられるということは、徒ならぬこだわり追求の姿があるからこそだろう。

100円玉を入れて、ダイヤルでページを捲り、ご機嫌でお気に入りの曲を見つけて3ケタの番号を押す。

まだウブな心を持っていた時代に、アメリカ映画を観て感動を覚えた少年に戻ったかのような全身の衝撃が、音楽ではなくコイツがレコードを探し当て、針をそっと乗せる微かな音で湧き起ってくる。

ん!?なんだと…。

まさか、あっちのヤツもそうなのか?

蓄音機にの大きなシルエットに目を奪われて気が向かなかったが、実はあそこにいるヤツも現役で役割を果たしている、この店の時間のトリックスターなのかも知れない。

ジュークなヤツとは違い、恥じらうように仄かに光る明かり。その姿だけで紛れもなくわかる真空管アンプ。

まさか、本当にコイツも現役だというのか?

ただでさえレコード盤の古さの中に温かみを感じる音質が、コイツを通すとさらに厚さと膨らみを増し、足の先から入り込んだと思えば、脳天から安堵のため息となって出て行ってしまう。

威勢の良い海賊船の力男たちですら、催眠術にかけてしまうような魅惑の音色で、時間の魔術師としての役割を、最前線に立ち現役ぶりを発揮している。

 
そうだったのか。
 

この店に入った瞬間から入るスイッチが与えてくれるもの。時間の流れを一気に止め、時空をねじったように、時の流れを不思議な速度に変えてしまうこの店の魅力。それは、40年を超える歴史が古いのではなく、40年を超えてもまだ現役でその役割を担っているという、他では味わうことができない時間の概念を根底から覆す姿。

 
全てが未だ現役で主役。




その当たり前にして、何をもの追随を許さない、本物としての誇り。

 
ふぅ…。
 

もちろん、正統派すぎる程に正統派といえる、このカクテルを作るバーテンダーの無駄の無い所作も美しいマジックだ。

さり気なく着こなすスーツも、その動きを妨げることが無いように、1mm単位まで計算されているかのように仕立てられている。カクテルを作る動きの美しさを、更に別次元の輝きにまで魅せているのは、全てが絵に描かれているかのように計算されたシンフォニー。

シェーカーを構えたその立ち振る舞いにすら、無駄なシワや張りもなく、そこにあるべき物がないという正しい矛盾が、他の者を寄せ付けない間違いの無い地位を確立している。

 
なんだ、やっと来たのか。
 

パクパク隊:
相変わらず妄想が長かったわね。久しぶりだったけど、いつものことだと思ったので、お勧めのカクテル「オスロ」を頼んじゃったわよ。

あぁ、構わんさ。

今はもう、そんな突然の登場でも驚いたり、のけ反ったり、笑いを取りに行って照れ隠しをしようという気分じゃないのさ。この店の長い歴史と、綺麗に整った全てのものとの絶妙な調和を、肌と香で楽しんでいたい気持ちだ。




中村さん:
そちらのカクテルは、当店オリジナルのレシピです。このお店の先代のオーナーから伝わるレシピで、ノルウェーのスピリッツ「アクアヴィット」をベースにしたカクテルですね。

アクアヴィットはジャガイモのリキュールで、それにグレープフルーツの果汁を合わせ、爽やかですっきりした味に仕上げています。あ、ただ少しアルコールが強いので、ゆっくり味わって飲んでくださいね。

どのくらいの時間を一人で過ごしたのかわからないが、唯一言えることは1杯目のいつものバーボンが、既に空いてしまっているということ。アイツが来るまで、チビチビリとやっているつもりが、時空を捻じ曲げられた空間で、一気にグラスを空けてしまったのか、それとも十分に時間を費やし、いつものペースで飲んでいたのかすらわからないが、グラスが空いているという事実に、次の杯を準備しなくてはならない。

 
ちょっと違うバーボンにするか。
 

そんな想いになったのは、時間の感覚をもとに戻したい気持ちになったから。

このまま、この店の徒ならぬ香に身を任せて、ただ本来の飲むという目的を追求してい行きたいところでもあるが、まだ確か外は明るさが残っているぐらいの時間。空にするバーボンのグラスの数を忘れないためにも、ここはいつものじゃないバーボンにしておこう。

少し早い時間から、ほんの少しアイツを待っているだけのつもりで選んで入ったこの店。

この店が入れてくれたスイッチが、既に2杯目のグラスに手を伸ばさせてくれた。そしてそれ以上に珍しいのは、アイツが食事を摂る前におつまみに手を伸ばしているということか。

アイツもこの店のマジックに、フィーリングがピタリと合ってきた証拠なのだろう。


 

んんっ?

 
まさかアイツがお代わりを頼んだのか?

普段はゆっくりと、こちらの半分のペースでグラスを空けるというアイツが、ここに着いた途端に2杯目をオーダーするなんて、何とも珍しいこともあるものだ。




中村さん:
こちらは、スカーレットオハラというカクテルです。
そう、風と共に去りぬの、あのスカーレット・オハラですね。

サザンカンフォートという果実のリキュールに、クランベリーとライムで合わせている、とっても飲みやすいカクテルですね。

 
パクパク隊:
最近お誘いが少ないと思ったら、お酒を飲みに行くシーンが多かったみたいね。
美味しい物だったら食べるものだけじゃなく、カクテルだってお好みよ。

 
ほ、ほ~ん。
 

なるほどな。このところ暑さのせいで、急に食欲がなくなり、どちらかというと食べるというより、「飲む」が多くなっていた。それで山下町を中心にBARの散策を増やしていたから、急に自分の出番が少なくなったことに拗ねているのか。

確かにいろんなキャラが登場するようになって、役割分担…、いや、声をかけるシーンやタイミングを考えるようになってしまっていたしな。

※最近増えつつある関内新聞のキャラクターは、このパクパク隊の他、モグモグ隊とノムノム隊がいる。ちなみにモグモグ隊は沖縄料理、ノムノム隊はダンディーなマスターがいるBARの回に登場し、それぞれ絶妙な役割を果たしている。

パクパク隊:
良い意味で、古さを感じさせないBARだわね。40年以上の歴史があるのに、古いって言葉が出てこない。
カウンターはもちろん、壁や置かれているお酒のボトル、それにグラスの一つ一つまで、全てがピカピカ。

パクパク隊:
それに、バーテンダーさんのスーツの着こなしも素敵ね。きっと背広もワイシャツも仕立ててるんでしょうね。
綺麗なお店と、スタイルの良いバーテンダーさんで、雰囲気はバツグンね。
他で飲むカクテルより、ずっと美味しく感じるから、ついつい飲んじゃうわね。

 
ほぅ。
 

良いところに目を付けたコメントをするようになったもんだ。几帳面過ぎるほどにまで磨き上げられた綺麗さは、飲んでるこちらにまで良い緊張感を与えてくれる。

それが、
正しく飲む姿勢。

カチカチに緊張しすぎて飲む酒など美味くない。しかし、ユルユルになって飲む酒も欲しくない。

そんな気分の時に、気軽にこれて、一日の疲れを癒してくれる酒を飲むとき、このBAR NORGEの船室にやってきて、美しすぎるほどのバーテンダーの所作をツマミに、北欧の想いに触れてみたいというもんだ。

 
やっぱり見つけちまうんだな…。
 

過ぎ去る時間の長さと、過ごした時間の儚さと…。その感覚の違いをまるで魔法にかけてくれたように、良いギャップとして感じさせてくれるのは、この店の出来過ぎるほどまでの美しさゆえ。

本当は疲れた体を癒すために、待ち合わせまでのホンのひと時を寛ぎに来ただけのつもりだったが、気が付けば外は暗くなりきった時間。

 
このままこの船に身を委ねて、もう少し飲み耽ってみてもいいか…。
 

※この物語は後編へと続きます。

 

ショップデータ

BAR NORGE
  • 横浜市中区山下町217番地
  • TEL:045-641-7020
  • 営業時間:
    月~金 18:00~3:00
    土 13:00~3:00
    日 13:00~24:00
  • WEB:bar-norge.com

 

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