関内新聞

【静息】旨いもんを知り尽す、おやっさんが運んでくる薩摩の薫り

梅雨の鬱陶しい日々がダラダラと続いていた。

降ったり、降らなかったり…。そんな今年の梅雨の最中に覗く、猛暑の匂いを感じさせる夏の太陽の下、山下から関内、そして馬車道へとあいさつ回りの営業に出かけた1日の終わりに、ふと我に返って感じること。

 
静かに旨いもんが食いたい…。
 

営業回りでタップリと汗をかき、更には大勢の人と話し続けてカラカラになった身体に、そろそろ「ご褒美」という名でキリを付け、潤いを与えてやりたいと思ってしまう。

 
何が良いかは決まっている。

何日か前、突然に呼び出された仕事の付き合いで立ち寄った、あのお店。重要な仕事の話を交わしながらの時間だったため、あまり堪能せずに帰ってしまったと後悔を残したあのお店で、今日は静かに旨いもんを食べながら、潤いで満ち溢れてやりたいと決めていた。

馬車道の薬局の角を曲がるとすぐのベルビルの2階にあるその店に、向かう足取りには迷いは全くない。

 

海鮮・旬彩 どんこびっ

一際その白さが目立つベルビルに、こんな落ち着いた趣の店があるなんて、最初はこの目を疑ったほど。エレベーターを待つこともなく、建物の入口すぐにある階段を小走りで駆け上がり、その店の暖簾を目にする。

 
そうだ!この感じだっ…。
 

大き過ぎず、店構えの感じを強く変えることもなく、小さ過ぎず、主張の弱さを思わせることもなく、その存在感がちょうど良い白の暖簾が、静かで潤いのある時間を約束してくれている。

その扉を少し開けると視野に飛び込む、高級感がさりげなく主張するカウンターの奥に見える飾り棚。それはまさに扉をくぐるたけで、都会の喧騒を掻き消すと約束してくれる、最高の居心地を目からも与えてくれる店作り。

 
先日の誘いを断らずが、正解だったな。

施された照明も、規則正しく計算され並ぶ椅子もメニューも酒瓶も…。

一人飲みを静かに愉しみたい、今のこの気分に、最高にマッチしてぴったりだった。

どう見たって、酒飲みを喜ばせる術を知っていると言わんばかりの焼酎の数々。

どうやったって、酒飲みを唸らせる技を心得ていると叫ばんとしてる飲み方に合わせる道具の数々。

 

静かに酔いしれる…。

その願いが必ず達成されることが実感できて、昂揚感が渦を巻いて足の先から頭のてっぺんまで駆け抜けた時、どこからとなく心に響く声。



酒飲みの極意を知り尽くすと匂わす仕草

どうするね?

そんな声をかけられた気にさせてくれる、おやっさんの指先から「シュッシュ」と微かに聞こえる仕事の音。日に焼けた肌と、さりげなく向けてくる視線が、言葉にせずとも旨いもんを知り尽くすと導かせる。

 
岩松さん:
勤めをしていた時に、あっちこっちで旨いもんを食ったね。特に鹿児島とは深い縁があったのか、長いこと行き来していたよ。5年ばかしは常駐もしたし、その前後に行き来していた時代も含めると13年近くは縁があったね。

ん!?

この店かい?この店は今年の3月中旬にオープンしたんだ。これまでは、クチコミや紹介なんかでお客さんが遊びに来てくれててね。

あっ!

そういえば、アンタも先日うちのお客さんに連れてきてもらったんだったよね。そんな風にお客さんがお客さんを連れてきてくれるって感じでやってるよ。

そうそう…。

鹿児島との強い縁がね、この店につながってるんだ。酒は色んな種類を置いてるけど、薩摩焼酎の品揃えには自信を持っているよ。特選の焼酎をね、直接入手できるルートを持っているからね。

それに、

基本的に置いてある酒は、全て自分で飲んで“美味い”と思った酒ばかりだね。薩摩焼酎はもちろん、日本酒や洋酒に至るまで、自分の舌で味わった酒ばかりだね…。

岩松さん:
「どんこびっ」って、店の名前かい?
それはね、がまガエルのことだよ。鹿児島弁でがまガエルのことをどんこびっと言ってね、最後に小さい「っ」が入って成立する言葉だね。
ほら、後ろの飾り棚にもちゃんといるだろう?「どんこびっ」ってのが、うちの店の名前だよ。

 

なるほど…。

 
縁があった鹿児島で、その魅力に取り憑かれ、薩摩焼酎を基本にした酒の品揃えか。店の名前ががまガエルってのも、何とも面白い発想だな。そういえば、あのカエル。どことなく、このおやっさんに見えなくもないか…。ふふっ。

せっかくだから、静かに飲むのは、薩摩焼酎にお相手をしてもらおうか。

 

豊富に品揃えられる本格薩摩焼酎

さっきから、さりげなく飾り棚に鎮座しているプレミアム焼酎が飲めよ飲むなと気になってくれる。森伊蔵に魔王、それに村尾か。普段、日本酒を選ぶことが多いが、この御三家ぐらいは知っている。

あれは果たして、飲ませてくれるものなんだろうか?

 
岩松さん:
もちろん。飲んでもらって結構だよ。さっきも話したけど、うちはね、特別なルートを持っているから、御三家のプレミアム焼酎だって、ちゃんとお客様に飲んでいただけるようになってるよ。

もちろん、あれだってちゃんと中に入っている本物さ。

岩松さん:
芋焼酎はお好きなのかい?それだったら、他にももっと珍しい薩摩焼酎を置いているよ。コイツ等は、芋焼酎らしい芋焼酎だね。

 
い、いかん…。
 

「熟柿」に「侍士の門」、「萬膳庵」に「萬膳」ってのもあるのか。それに、「なかむら」に「黄色い春」、そして「亀五郎」か…。

 
まったく見たことも聞いたこともないぞぉ。




おやっさんのせっかくの勧めだが、話のネタのために、悪いが御三家から選ぶか…。そうだ「村尾」にしよう。微かな記憶の中で、御三家の飲み比べをやった時、この村尾が口に合っていたような気がしたが、好みの焼酎でよかったかなっと…。

それにしても、鮮やかに綺麗なグラスで飲ませてくれる。プレミアム焼酎を注ぐ、粋な計らいといったところか。こう言ったところにも、酒飲みのハートをグッと鷲掴みにしてくれる心地良さがある。

 

美味しいものを安く

ほぅ…。

これがお通しか…。

山芋のサラダに、タコとネギの…?

 
そうか!そうか!!
 

ピリ辛に味付た、タコとネギか。

山芋のサラダには茗荷が添えられ、日中にかいた汗でカラカラになった身体で、唾液もその役割を果たさず放置した口の中を、さっぱりとしてくれる。それにタコの食感に、シャキシャキとしたネギのアクセント。そして最後にさり気なくガツンと主張するピリ辛味が、なかなかいい役割をしてくれている。

ふむふむ…。

次はツブ貝だ。優しい味付で煮込まれ、程よく味が薫ってくる。ツブ貝の食感を楽しみ終わるころに、芋焼酎の村尾を流し込めば、そこは既に、錦江湾に浮かぶ釣り船の上で揺られる夢心地。

なんと…。

コイツゎ、黒豚の焼豚だな。酒飲みは胃が悪いと相場が決まっているから、豚の脂身は避けたいところだが、この黒豚の焼豚は、さらっとしつこくない脂で、酒が更に進んでくれる。

それに、このボリュームで一人前だと。何とも贅沢な盛り付け。余すところなく、酒飲みの柔らかいところをくすぐってくれる、そんな盛り付けと言っても過言ではないか…。

 
ふふふっ…。
 

何だか、静かに飲むっては、いいもんだな。一噛み一噛みを口の中で満喫できる上、一口一口注ぎこむ酒に酔いが進むのが感じられる。確かに、アイツ以外にも、何かと飲みについてくる奴等が増え、一人で静かに飲む機会を逸していたからな…。

※アイツとは関内新聞のグルメカテゴリのネタに登場するパクパク隊のこと。前回は、お好み焼の回で登場している。モグモグ隊やノムノム隊の出現により、最近は出番が少なくなっているという噂も流れる。ちなみにモグモグ隊は沖縄料理の回、ノムノム隊はダンディーなマスターがいるBarの回に、それぞれ登場している。

 

勝負する素材の良さ

岩松さん:
魚は四季折々のものを主に三浦地区から仕入れてるね。素材の味を大切にして、それで勝負している感じかな。

元々、料理人としての修業をどっかでした訳じゃないからね。素材に助けてもらわないと。

お肉は薩摩の黒豚と、宮崎牛を置いてるよ。黒豚の脂は、さらっとしてて癖が強くなく、何と言っても美味いからね。

宮崎牛は焼いてステーキにして出すね。お腹の具合に合わせて、希望の分量を言ってくれれば、その量にカットして焼いてあげるよ。

美味しいものを安く。

それに、一人でも気軽に来てもらえるってのがうちのコンセプトだから、お客様のニーズに合わせた分量と金額で提供してるんだよ。




なんと…。

店の作りや焼酎を飲ますグラス、そして焼酎そのものの品揃えだけではなく、お腹の具合や懐具合まで、こちらのニーズをくみ取ってくれるとは。

どこまでも貪欲に、酒飲みのハートを独り占めしてくれる店なんだ。

それを早く知っていれば、ツブ貝や黒豚の焼豚だけじゃなく、おやっさんが何気なく火を入れ始めた、そのかつおのタタキも食べられたかも知れんということか…。

 
不覚…。
 

しっかりとボリュームのある2種類のお通しと、ツブ貝に黒豚の焼豚。これだけで、しっかりと焼酎の相手をしてくれ、あれだけで、たっぷりと満足感に浸らせてもらえた。

それにしても、修業などしたことがないと言っている割には、見事な手さばきでカツオに綺麗な焼き色を付け、鮮やかな手つきで切り分け、見ているコチラが食べたいと嘆願したくなるほど、美しい仕事を魅せてくれる。

ニーズに合った分量が許されることを予め知っていたら、このかつおのタタキもプレミアム焼酎とともに楽しめたか…。

ふぅ~っ…。

見た目に、何とも鮮やかではないか。程よく火であぶられ切り分けられたかつおは、しっかり2層のコントラストを四方に発し、そこにネギの白と、大葉の緑が良いアクセントを付け、より一層の輝きを放つようだ。

本当の旨いもんを知っているから…

酒飲みの気持ちは、酒飲みにしかわからない。そのことを教えてくれたような衝撃だった。

褐色の肌に、穏やかに輝く眼。自らが口にし、旨いと知ったものだけを提供するという計らい。

これほどまでに、安心して静かに身を任せながら、飲める店が他にあるのか?

強い縁でつながれ惚れ込んだであろう鹿児島から、本格薩摩焼酎を揃え、“修業していないから”と躊躇いがちに素材に助けてもらうと、おやっさんは言うけど、旨いもんを見極める眼と舌は本物だ。

ほぅ、なるほどな。

おやっさんが言う、「食べたいものを食べれるだけの分量で」というのは、正にあぁ言うことを言うんだな。その辺のことを良く知ってるお隣さんは、しっかりとかつおのタタキを召し上がっているではないか…。先ほど綺麗に盛り付けられていたのは、二人前ぐらいはあっただろうが、お隣さんのお膳の上には、一人前で盛られたかつおの跡が見て取れる。

 
久しぶりに、見つけちまったか。
 

この店は、ちょっとした隠れ家にとって置きたいところだが、いつも旨いもんを教えてくれた恩人を連れて来てみるか。飲むと量を食べないあの方でも、ここなら少しずつを数種類、召し上がってもらえそうだ。

いつもご馳走になってるから、たまには恩返しに接待させてもらうとしよう。懐具合を心配せずに、年長者相手の接待でも安心かも知れん。




プレミアムな焼酎と旨いもん。

今宵の目的は、しっかりと達成できた。静かに飲むという、最高に至福で、そして安らげる時間に身体を潤わせる。

 
アイツが居ない夜には、常宿のように使わせてもらうとするか…。

 

ショップデータ

【閉店】海鮮・旬彩 どんこびっ
  • 横浜市中区相生町5-79-3
    ベルビル馬車道2-A
  • TEL:
  • 営業時間:

 

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