ちょっと足を延ばしてみよう…。
そんなことをフッと思い立ち、いつも歩きなれた街から出てイセザキ・モールの入口にやってきた。それは、馬車道の交差点からJRの高架をくぐり、首都高横羽線を走る車の上を渡る橋で吉田橋関門跡の史跡に目をとめた後のこと。
こんなに傍だったのか…。
イセザキ・モールの入口のシンボル的なゲートを見ながら、初めて訪れたこの風景に「なぜ今まで足を向けなかったのか」と考え、アイツが現れるのを待った。
急に「イタリア料理が食べたくなった」とメールしてきたワリには、アイツは一向に姿を見せない。気が付いてみると待ち合わせの時間は過ぎ、辺りが秋の心地良い夕暮れに染まり始めている。
普段と同じ待ち合わせなら、少々苛立ちを隠せなくなる時間の過ぎようだったが、何せ初めての場所での待ち合わせ。迷子になっていると容易に想像できたから、こちらの方から電話をかけてみる。
弱ったな…。
イセザキ・モールのペットショップの前にいることが分かったものの、そのペットショップがどこにあるかが分からない。吉田橋をちょっと渡っただけの距離なのに、待ち合わせにすら苦労するとは考えてもみなかった。
ようやく合流できたのは、それから数分ほど経った頃。幸い目指すイタリア料理のお店に教えてもらった道順に、沿っているようだった。
イセザキ・モールのゲートをくぐり、モールを歩いた場外馬券売り場の建物のところに、目立つイタリアの国旗をモチーフにしたのぼりと立て看板を見つけることができた。そこを曲がり福富町方面に少し行ったところにその店はあった。
Italian Bar BACCO
アイツが急にイタリア料理などとわがままを言うものだから、慌てて仲良くしている和食の職人に教わったお店。慣れない場所での待ち合わせと、地図を見ながら捜し歩いたことも重なり、まだ夕方の早い時間にも関わらず、すっかり腹が空いてしまっている。
外観からグッとくるイタリアを感じさせるお洒落な面持ちに、ためらうことをせずに店の扉を開けて中に入ると、ワインボトルが賑やかに並べられる楽しい店の雰囲気が、一気に押し寄せ頬をかすめていく。
気軽に楽しめそうだ。
週末のラフな格好で来たこともあり、気を使って食べなくてはならない店だったらどうしようかと、少し心配してきたものの、店に入った途端に笑みがこぼれる楽しげな雰囲気に、アイツに目配せをして話かける。
期待が高まると次にするのは席選び。
テーブルに腰掛け、向かい合ってプレートをシェアするか、それともカウンターが良いか。
寛ぎながらワイワイと食事できる、こちらの席もよさそうだ。
どの席にしても間違いなく言えることは、楽しく気軽に今宵の食事が楽しめそうだということか。張りつめる空気感がなく、柔らかく流れる空間。目に楽しい店内の装飾が、その中に身を任せるだけでリラックスをさせてくれている。
いつもなら…。調理するシェフとの距離が近いカウンターに迷わず座るところだが…。
何せ初めて来たエリアで初めての店。人から教わったものの、いきなり目の前に座り、熱い羨望の目で見つめても良いものだろうか…。
角の生えた雄牛のような奇抜なヘアスタイル。
肉の塊をさばいている真剣な眼差し。
背筋にゾクゾクくるこの感覚は、以前にも感じたことがある当たりを導く正しい直感だが、リラックスを感じさせる店の雰囲気には似つかわない張り詰める感じ…。
美味い物を食べさせてくれる職人は、共通して恐怖にも似た鋭い感覚を放つのだろう。
勝島シェフ:
お肉食べます?^^
な、なんだ。
肉をさばく手を止め、綺麗で旨そうな肉を見ながら笑っちゃったその顔が、最高にキュートじゃないか…。
美味い物を食べさせてくれる典型的な「職人気質」な人だと思い、カウンターに座ることを躊躇しかかっていたが、これなら安心して色々と教えてもらえそうだ。
パクパク隊:
ねぇねぇ…、あなたのそれって関内から出ても変わらないのね?
カウンターに座るかテーブル席に座るかって、いつもお迷いになられますが、シェフのお料理している手元が見えるカウンターに座りたいなら、素直にそうやっていえば良いのにね。
まぁいつもの事だってわかってるけど、ほらね。もう一品目のお料理が出てきちゃったわよ。
って、おい。
いつの間にオーダーしてくれちゃってるんだ。確かに座る席選びに時間をかけすぎてしまったかも知れないが、そこには色々な妄想があり、色々な葛藤を経て、色々な答えが導き出されるんだ。
た、確かに、多くのケースでカウンターに座りシェフの手元を盗み見したいと考えることがあるが、テーブル席でお皿をいっぱい並べてワイワイとやりたいと思ってみたっていいじゃないか。
モルツェッロ(カラブリア風牛もつ煮込み)
パクパク隊:
テーブル席に座るのは、次の機会にお友達たくさんとワイワイやればいいじゃない。
そんな事より、この牛のもつ煮込み?後からピリッとくる辛さがあって美味しいわよ。
お肉も柔らかいし、ソースも濃厚な感じが良いわ。
自家製カザティエッロ(ナポリの具沢山なパン)
パクパク隊:
いつも初めてくるお店では、カウンターに座って、隙を見てシェフに話しかけ、お料理の話を聞こうとするでしょ。それが当たり前になっているって、関内で食事をする時から決まっているじゃない。
あら?このパン、柔らかくてモチモチした食感が凄く良い。タマゴとハムが入っているからボリュームもあるし。
ったく…。
友達同士でワイワイと賑やかにイタリア料理を楽しむってシーンにバッチリなお店だと、少しぐらい空想を広げたっていいじゃないか。
それに、前菜として出てきたその目にも楽しいパンと、肉のうま味が溶け出して最高のコクを照り光させている煮込みが、見たこともないぐらいのボリュームを奏でている。その見た目にも嬉しいボリュームが、友達とのワイワイ楽しい食事を見事に演出してくれそうだと、次のシチュエーションを脳裏で容易に描くことができるだろうよ。
チーズたっぷりフリッタータ(イタリアンオムレツ)
パクパク隊:
きゃっ!^^ 見て!見て!!
このオムレツ、たっぷりチーズが入っているわよ。こんなに伸びるチーズに、ふわッふわっッなタマゴ。ちょうど良い感じの塩っぱさがチーズから出て、オムレツ全体がシャープな味になっているような感じがするわ♪
ほぅ。
確かにだな。ドコまでもイタリアンで、ドコまでもチーズなオムレツだ。
それに、確かにコイツの言うとおり、タマゴ料理としては珍しくビビッとに味の角がとがっている。柔らかい感じと、口に運ぶ前までは目がそう味わっているが、トロンっと伸びるチーズをクルリやり口に運んだ後は、目で味わっていた味とのギャップに口の中が嬉しい衝撃を受ける。
なるほどな。
そういうことか。シャープにグッとくる味の角がとがっているのは、雄牛のように角があるシェフのヘアスタイルと同じだったという訳か…。
それで、次は何が出てくる。
ここまでで既に最高の衝撃を与えてくれたその鋭い視線の先で、今度は何を作り更なる感動を味あわせてくれるのだ。
ほぅほぅ。
赤に緑に白…。それは正しくイタリアの色。
色鮮やかなプレートを作りあげている。鋭くシャープな仕事だけじゃなく、今度は華麗で繊細な一品が出来上がりそうな手つき。
エゾ鹿のカルパッチョ~ペコリーノチーズとルッコラ添え~
う、美しい。
真っ白のお皿にエゾ鹿の濃厚な赤。そこに鮮やかなトマトの赤とルッコラの緑が最高のハーモニーを奏でている。味わう前から最高の目の保養だ。スライスして乗せられたチーズに、アクセントのバルサミコ酢が、楽譜の上の8分音符のように何とも優雅に感じる。
ナイフを入れるのが躊躇われる…。
おーい…。
パクパク隊:
あ、また始まっちゃったでしょ。
お料理の感想を述べるのに、いきなり訳の分からない表現になる時って、必ず長くなるじゃない…、あなた。
確かに目にも美しいけど、やっぱりお料理は食べてから驚かなくっちゃ…ね!
パクパク隊:
うん!お肉が柔らかくて美味しい♪
シャキッとした玉ねぎの苦みとルッコラの香ばしい香。それにチーズの塩味とバルサミコの酸味が、とっても良い相性。
スタッカートの楽譜を踊るリズミカルなテンポで美味しい。
ほぉれ見てみろ。
美味さに驚き、喜びに満ちた時は、誰だって表現力豊かに楽しいコメントを付けて見たくなるものだ。
ただシェフのこの顔のように、周りの人には自然なコメントして受け取ってもらえないこともあるので注意が必要かも知れんがな。
勝島シェフ:
お客さんって、珍しいコメントをするんすね。^^
ちょっと待っててくださいね。次はパスタを食べていただきましょうね。
勝島シェフ:
間もなく出来上がりますよ。
勝島シェフ:
手打ちしたパスタを召し上がってもらいましょうね。
手打ちパスタ ウンブリチェッリ ペースト トラパネーゼ
ほぉ
華麗なフライパンさばきで、アッという間に出来上がった。
やはりカウンターにして正解だったかもだ。格好良くパスタを調理する姿。それを見るだけで、このパスタがどれほど美味いかと、口の中に唾液が充満してくる。
パクパク隊:
うん、美味しい。太めのパスタだから食感が良いし。
パクパク隊:
モチモチしてて…。うん、美味しい。
ん?
何だかキレのないコメントだな。
さてはもうボキャブラリーがなくなってしまったか?
パクパク隊:
そうじゃないのよ。
とっても美味しいのだけど、何かカリッとした食感があるの。
それが何だかわからなくて…。
どれどれ
うん!ナイスな食感だ。モチっとしたパスタの食感… んん!!
なんだ?このかりッの正体は…。
何処かで食べたことがある食感。いつも食べているようなこの食感…。
そ、そうか!
アーモンドだ!
アーモンドがペースト状になり、このパスタに絡みつくソースとなっている。そして、そのアーモンドが粗い粒として砕かれソースの中に入り、パスタをモチっと感じた食感のその次に、カリッとした食感で口の中を遊び心で満たしていく。
甘く優しく感じるソースの中で、アーモンドの粒をカリッと感じたその次に、アーモンドの香ばしい香がモチっとしたパスタに絡みつく。
た、たまらん!!
あれ?あれれ??
あそこで美味しいそうな見た目の可愛い子たちは誰だ?
パスタの食感に最大限に満足して、もうこれ以上に最高の表現は見つからないかも知れないのに、ここにきて本家家元のお出ましか。
岩中豚肩ロースの炭火焼き オスティア風
あははっ♪
いやいや、参ったな。
あまりの豪快な見た目と、柔らかそうでジューシーなお肉の断面に思わず笑いが出てしまった。クールにシュールでウイットなコメントをしていこうと、ちょっと前に誓ったはずだったが…。
人間というのは、本当に美味そうなものを見た時には笑いしか出ない生き物なのかも知れん。
パクパク隊:
ちょっと笑ってないで食べましょうよ。
パクパク隊:
ほら、ちょっと見て!
綺麗なピンク色しているわよ!
パクパク隊:
ほらほら、ちょと見て見て!!
それで表面は香ばしい美しい焼け色しているわ!
パクパク隊:
ほらほらッて!!
お野菜はシャキッとした食感がちょうど良く残っている感じに火が入ってる。
勝島シェフ:
先ほどさばいていた塊のお肉ですね。肩ロースを炭火で焼きました。コラトゥーラという魚醤にお肉を漬けて味付けしています。発酵調味料のコラトゥーラに漬けることによって、お肉が柔らかくなりますね。
それに塩味がちょうど良くついているでしょ?
魚醤につけて塩味が付いているので、焼くときに塩はしていません。
確かにだ。
シンプルに塩をして炭火で焼いただけに思ってしまったが、魚醤に漬けた塩味だったとはな。塩をしただけの表面にだけ塩味を感じるというより、漬けこんでいる塩味がお肉全体から味わえる気がする。
それがまたしっかり目の赤ワインにも、最高に良く合うじゃないか。
それにしても、今日のアイツは良く食べる。一つ一つが豪快な嬉しいボリュームで出され、ちょっと食べすぎた感が出ているこちらとは違い、自らリクエストしてきたイタリア料理を目前に、最高に喜んだ顔をしてパクッっているではないか。
シェフの作る最高のイタリア料理に、すっかり赤ワインが進んでしまって、気が付けばちょうど良くお料理がメインにきたと同時に一本開いてしまったようだ。
さぁぁて…。
パクパク隊:
さぁてって、まさかもう帰ろうとしてないわよね?
さっき良い物見つけちゃっておいたのよね。
パクパク隊:
エスプレッソの格好良い機械があったのよね。
お腹もいっぱいで満足になったから、最後に食後のコーヒーを頂きたいわ。
んっ?
なんと食後にコーヒーだと!しかもエスプレッソでいれた、イタリアの優雅な食後のひと時のようなお洒落な締めくくりとは。
まぁ、好きにするが良いさ。
ねぇねぇ見てよ。このデザインカプチーノ可愛い♪
飲むのが勿体なくなっちゃうわね。
と言っても、どうせ飲んでしまうんでしょうよ。
満足な味の満足なイタリア料理。そしてその締めくくりに可愛いデザインカプチーノのエスプレッソか…。
気軽に楽しく食べさせてくれる本格的なイタリア料理。この店の使い方は、他にもまだまだありそうだな。
一つひとつの満足なボリュームを考えると、もっと大所帯でワイワイとイタリア料理を囲んで、しっかりと食事を食べにくるというのも良いかも知れん。
その時は、あのテーブルを囲んで賑やかに、味に角を立てるシェフのイタリア料理を満喫してみるか。
きっと、どんな誰を連れて来ても、この味に満足して喜び、最高の笑顔で笑って食べてくれるだろうな。
ふぅ~。
こっちでも見つけちまうんだな。
最高に満腹で、最高に満足した夜だ…。
たまにはアイツのリクエストに応えて、新たなお店の開拓をするって言うのも良いもんかも知れない。
腹と心も満足だ。
笑いが込み上げてくる最高の気分のまま、少し早いが今日は帰るとするか…。
ショップデータ
- Italian Bar BACCO
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- 横浜市中区福富町仲通1-6
- TEL:045-261-3640
- 営業時間:
火~土 17:30~24:00(L.O. 23:30)
日・祝 17:30~23:00(L.O. 22:30) - 定休日:月曜日(祝日の場合は翌日振替)