いつまでもダラダラと、酒を決め兼ねているのも見っともない。
いつものバーボンだ。
仕草の一つ一つも、ここでは最高の時間を構成する、大切で必要な要素だ。角がそろったハンカチの相棒として、プレスでしっかり折り目を付けた、ズボン役を演じなくてはならない。
しかし、この店はいつ来ても、
完璧だ。
カウンターにさりげなく置かれた飾りも、程よく背中から明かりが灯され、心地の良さを演出してくれているし、
1つだけあるテーブル席も、天井高の間接照明に照らされたアルコールのボトルと、壁に掛けられた絵と最高の女性の写真が、ヨーロッパに向かう船の中を思わせてくれる。
そんなことを感じさせてくれるのも、カウンターで並んだモルトボトルのラックから、深海を思わせるような素敵な青のライティングのお陰だろう。
統一感のある飾り付けや間接照明といい、このL字型のカウンターの1席1席に準備された小さな丸のライトといい、些細ともいえる細部にまでこだわりを見せるこのお店。
何度来ても、たまらない!
おっと…
やっぱり来たか。
最初にこの店に来た時にいた、あの綺麗な女性。
何か考え事をしているのか…。
この店がもう一つこだわる照明の謎解きをするかのように、コースターを手にして物思いに耽っているようでもあり、誰か大切な人が来るのを待っているかのようでもある。
どこか浮世離れした姿は、この店の雰囲気そのものの様にも思える。
そう、この店のコースターは、レコード盤をモチーフにしている。
そしてレコード盤と同じように、コースターの中心に穴が開けられている。初めてこの店に来た時は、ただ洒落たデザインのコースターだな、としか感じなかったが、ドリンクを出された時に、このコースターが…
“単に洒落ているだけ”
ではないことに驚いたんだった。
L字に曲がった長いカウンター。そして、その1席1席にある、丸く小さな照明。
その照明の丸を大きさと、このコースターの中央の丸の大きさはピタリと一致。
ドリンクをコースターに乗せ、さり気なくこの丸に合わせてやると、カクテルは更に妖艶に輝き、バーボンは一段と夜の闇に映える黄金色に変わる。
初めてこの店に来た時、その緻密なまでに計算しつくされたコースターとカウンターの照明の謎を、そっと教えてくれたのも彼女だったな…。