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2017年11月16日(木)
関内新聞主催第4回カクテル・ショウが開催されました
秋も深まった11月5日日曜日、関内弁天通にある横浜メディア・ビジネスセンターの1階イベントスペースにて小紙主催の第4回「カクテル・ショウ」を開催しました。今回も横浜の選りすぐりのバーテンダー7名が登場。鮮やかな技が繰り広げられました。
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2017年8月14日(月)
関内の発展の陰で消えた川、派大岡川にあった橋の足跡をたどる
京浜東北線の桜木町~石川町間には、JRの線路と平行に首都高速横羽線と一般道の新横浜通りが通っています。しかし、この2つの通りがある場所は、40年前まで「派大岡川」という人口の河川が流れていました。本記事では、この川に架かっていた橋の足跡を追いかけます。
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2017年6月17日(土)
開港横浜の明治大正期の名勝史跡、元町百段の名残りを探してみた
幕末開港後、明治大正期の横浜における絶景スポットに、元町の崖にある「元町百段」という階段がありました。しかし現在、そのような階段はかけらもありません。どのように消えてしまい跡地はどのようになっているか、実際この目で確かめに行ってみました。
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2017年3月10日(金)
川越から横浜へ…、生糸商人吉田幸兵衛氏の足跡を追ってみました
幕末開港直後より横浜で「生糸売込商」として活躍した、川越藩御用商人・吉田幸兵衛氏の生い立ちと偉業・足跡、横浜の後世に残したものをまとめてみました。当時の「生糸売込商」の活躍ぶりや生糸売買の実態が、克明に記録されていることが判ってきました。
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2017年2月15日(水)
JR桜木町駅に新南口改札口が出来たときの利便性を探ってみました
JR桜木町駅に、新たに「新南口」改札口が出来るということがわかりました。馬車道近くの北仲通地区に横浜市役所新庁舎が建設されるため、それに合わせての改良工事だそうです。本記事では、新しい改札口が出来ることによる利便性について調査してみました。
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2017年2月3日(金)
関内馬車道の裏手にある「六道の辻通り」の由来を探ってみました
地下鉄関内駅9番出口にある「馬車道」裏手に「六道の辻通り」という、一見お地蔵さんが立っていそうな名前の通りがあります。この通りの名前の由来について調べてみましたところ、その由来となるものが別の通りにあった可能性が浮かび上がってきました。
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2016年12月28日(水)
JR関内駅北口が大きく変わります。果してどのように変わるか?
JR関内駅は現在、2017年度の完成に向けて、駅北口のバリアフリー化を目指す工事を実施しています。関内駅、特に駅北口付近は長らくバリアフリー化から立ち遅れていました。なぜ遅れていたかなどを、歴史的な観点や立地的な環境などから小紙も調べてみました。
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2016年12月17日(土)
横浜市営地下鉄ブルーライン関内駅のホーム番号が飛び飛びの理由
横浜市営地下鉄ブルーラインの関内駅は、なぜか地下2階に2番線ホーム、地下3階に4番線ホームという構造になっています。なぜわざわざ上りと下りでフロアまで分け、しかも偶数番線しか存在しないのでしょうか?一体過去に何があったのか調べてみました。
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2016年12月12日(月)
【歴史探訪】-三塔物語に囲まれた、関東大震災の遺構を訪ねる―
横浜三塔は、関内地域の海側にある、横浜の歴史的建造物である3つの塔(キング、クイーン、ジャック)のことです。2014年に、これら3つの塔を結んだ三角形の内側から、明治大正時代の横浜を偲ばせる歴史的遺構が見つかりました。どのようなものでしょうか。
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2016年12月6日(火)
ハート&ソウルで関内新聞の『創刊三周年記念パーティ』を開催!
12月4日(日)に『関内新聞』は、創刊してちょうど三年経ったことを、日頃からご愛顧して頂いている読者の皆様と共にお祝い致したく、関内駅前セルテにあるLiveレストラン&バー『ハート&ソウル』で、『創刊三周年記念パーティ』を開催しました。
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2016年11月23日(水)
【歴史探訪】-幻に終わった野毛の鉄道、「桜船鉄道線」を追う-
桜木町駅を降りてみなとみらいとは反対の方に進んでいくと、500店もの飲食店がひしめき合う「野毛飲食店街」が広がっています。この飲食店街の一角に、何と戦前の鉄道敷設計画に基づく用地跡が残っていることを知りました。その詳細を追いかけてみましょう。
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2016年9月16日(金)
【歴史探訪】-「象の鼻パーク」のある場所の成り行きを訪ねる-
2009年横浜開港150周年を記念してオープンとなった「象の鼻パーク」。ここは昔から港だったということはご存知だとは思いますが、横浜開港の当初から港になっていた場所だったということは、今回調べて改めて知りました。今回はこのことを紹介します。
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2016年8月20日(土)
【歴史探訪】-関内の小さな遺跡を訪ねる3 -二代目市庁舎遺構-
「関内の小さな遺跡を訪ねる」と題したこのシリーズも3回目となりました。横浜関内地域にも、道の傍にさまざまな小さな遺跡・遺構があります。今回は関内駅そばにある横浜市庁舎敷地内で、2013年の工事中に見つかったこの遺構について調べてみました。
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2016年8月13日(土)
【歴史探訪】-関内の小さな遺跡を訪ねる2 -居留地の防火水槽-
関内地区にはKAATや横浜公園の敷地内だけでなく、至る所に開港時代から明治、大正にかけて存在した建築の遺構があります。今回はその第二弾として、大さん橋通りの横浜都市発展記念館近くにある、最近まで使われていた防火水槽の遺構を見てきました。
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2016年7月23日(土)
【歴史探訪】-関内の小さな遺跡を訪ねる1 -シルク通りの大砲-
横浜市の関内には、KAATの敷地内にある旧居留地の遺構群や横浜公園に昔あった遊廓の石灯籠以外にも、地区の至る所に開港時代から明治~大正にかけて存在した建築の遺構があります。今回はその第一弾として、シルク通りの隅にある大砲を見てきました。
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2016年7月5日(火)
【歴史探訪】-KAATの下に眠っている明治時代の横浜市街地の遺構
2011年、山下公園や神奈川県民ホールから近い本町通り沿いに、KAAT神奈川芸術劇場とNHK横浜放送会館の合同施設が建てられました。この建物がある一帯の地下1メートル下には、明治時代に建ち並んでいた外国人居留地の西洋建築の遺構が眠っていました。