2016年12月17日

横浜市営地下鉄ブルーライン関内駅のホーム番号が飛び飛びの理由

佐野 文彦 佐野 文彦

横浜市営地下鉄ブルーラインの関内駅は、なぜか地下2階に2番線ホーム、地下3階に4番線ホームという構造になっています。なぜわざわざ上りと下りでフロアまで分け、しかも偶数番線しか存在しないのでしょうか?一体過去に何があったのか調べてみました。

地下鉄関内駅のホームの番号の付け方が変

横浜市営地下鉄ブルーラインの関内駅は、ホーム番号のつけ方がなんだか変です。どのように変なのでしょうか。

まずは、現地に立ってみることにしました。

関内駅の改札口を通り抜け、天井の方を見ると、すぐに変なところがわかりました。

ちょっと露光が合わずに、ホームの案内板が光りすぎてますが、番号が読めますね。読んでの通り、2番線が上大岡方面、4番線があざみ野方面。1番線と3番線がありません。

どうして1番線と3番線がないのか、何か欠番にしなければならない、困った理由でもあったのでしょうか?

しかも、上大岡方面の乗り場とあざみ野方面の乗り場が別のフロアになっています。

関内駅付近の、横浜市営地下鉄の歴史を紐解いてみました

参考にしたのは、横浜市交通局技術管理部施設課 編著「横浜市高速鉄道建設史」です。

その文献によると、

1963年に、飛鳥田一雄氏が市長になると、横浜市発展のための「六大事業」を打ち出しました。その中に一つに、「高速鉄道建設事業(地下鉄建設事業)」がありました。

1965年当時の構想では、荏田から綱島を経由して、鶴見につながる路線、綱島から分岐して新横浜~桜木町~関内~戸塚~長後という路線で構成される予定でした。

さらに鉄道建設計画は詳細に練られ、4つの路線が計画され、そのうち関内駅が関わる路線は以下の2路線となりました。

(六会付近~関内間):1号線(六会→現在は湘南台)
(本牧~関内~勝田間):3号線(勝田→現在はあざみ野)

Google Mapに加筆してみると、関内付近はこのようになります。

Google Mapに線を加筆

図中の緑線が3号線。赤い丸が地下鉄の関内駅。赤い線が1号線です。

3号線は関内を経由して本牧方向まで伸び、1号線は関内から分岐して上大岡方向へ伸びる計画でした。つまり関内駅は2つの路線が乗り入れる駅、すなわち「乗換駅」になる予定でした。

一方で計画を実現するにあたり、1970年に「緊急整備路線」として

港町(関内駅付近)~上大岡
北幸町(横浜)~山下町

の工事が始まりました。

まず1972年に、伊勢佐木長者町~上大岡までの区間が開通。関内駅は現在よりも伊勢佐木町寄りに出来る予定でしたが、すぐそばを首都高速道路が通ることになり、尾上町通りの方まで移ることになりました。

さらに関内駅は、1号線と3号線の乗換駅という位置づけになっていますので、駅の設計にも一工夫必要となりました。乗換駅は、同じホームで別方向の路線に乗り換えられるのが一番ベストです。

例えば同じ地下鉄の駅で例えるなら東京メトロの赤坂見附駅。同じ階のホームで銀座線と丸の内線が隣り合い、乗り換えをとてもスムーズにさせています。

関内駅もこの赤坂見附駅の構造に倣い、ホームが2層構造、改札コンコースの層も含めて「三層島式ホーム形式」の駅として建設が進められました。

しかし、3号線の関内~山下町への工事に「待った」がかかることになってしまいます。

当時はまだ横浜ベイブリッジや首都高速山下線が出来ておらず、横浜港からのコンテナ輸送は主として本町通りや尾上町通りが使われていました。3号線の山下町への工事が進むと、それらの通りで大渋滞が発生し、横浜港からのコンテナ輸送に大きな影響が及ぶことが見込まれ、港湾業界のほうから着工延期の要請があったのです。

それを受け、ベイブリッジ開通以降の1989年まで着工を延期することになりました。

そして1976年に、1番線から4番線まである状態で関内駅を開業。1号線と3号線が直結した状態で、横浜から上大岡を越えて上永谷まで開通しました。

その際、3号線の関内~山下町間はまだ着工待ちだったものの、関内駅まで1番線と3番線にも線路が引き込まれていたので、1番線と3番線を欠番にして2番線と4番線だけで営業を続けていました。

しかし、待っていた関内~山下町~本牧の区間の工事が中止になることになってしまいます。

先述の「六大事業」には「都心部強化事業」というものもあり、その中にあった「みなとみらい21計画」が急速に進んだことがその理由でした。この計画には「みなとみらい線」の構想もあり、しかも日本大通り付近から元町中華街付近までは、着工保留中の3号線と同じところを通ることになっていました。

そして当時の諸問題の影響から、どちらかの路線を優先せざるを得ない状況となり、みなとみらい線のほうを優先。3号線の関内~山下町~本牧延伸の計画は、「廃止」ということになりました。

実は、横浜市営地下鉄ブルーラインの正式名称は、「横浜市高速鉄道1号線・3号線」というのだそうです。やはり今回挙げた通り、1号線と3号線がつながった形になっているので、こういう正式名称になっているのでしょうね。

ちなみに、横浜市営地下鉄グリーンラインの正式名称は「横浜市高速鉄道4号線」なのだそうです。

現在の1番ホーム、3番ホームは?

現在、地下鉄関内駅の幻の1番ホーム、3番ホームはどのようになっているか、確かめに行ってきました。

まずは、地下2階の1番線です。

1番線は、3号線延伸計画の廃止を受けるとすぐにレールが取り払われたようで、すぐホームの床が拡幅されて1番線の線路の上を覆っているように見えます。でも、奥の方は工事のための囲いがあるようですね。

地下3階に降りると、3番ホームの跡があります。

あざみ野方面行の地下3階には3番ホームがしばらく残り、最終電車の時刻頃に車庫用引き込み線として使われていたようです。その他、イベント列車の発車ホームとしても使われていました。

しかし今では、画像のように工事用の壁面に覆われてしまい、線路があったと思われる側の様子をうかがうことが出来ません。

ホームの様子が見られるかなと期待していましたが、ちょっと残念でした。

おわりに

何度も地下鉄関内駅を利用したことがありますが、ホームの番号そのものまで注意して見ることがありませんでした。

また、上り線と下り線が別の階というのも、ビルの基礎杭や道路下の構造物を避ける上で仕方なかったのかなと思ってました。しかし、一旦調べると、このように思いがけない結果を掘り起こすことが出来るので、街の歴史を調べるのも有意義でした。

この記事の著者

佐野 文彦

佐野 文彦博士

滋賀県で生まれ、学生時代を福井で過ごす。社会人になってからは、横浜を生活拠点としている。本業の傍ら、ジャズやゴスペル・ファンクなどでサックス演奏や、コーラスグループでの合唱活動も行っている。横浜が自分の歌や演奏で満ち溢れるといいなどと、大風呂敷な夢を持ち歩いている。彷徨うような街歩きが大好き。

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