2017年9月16日

いよいよ2週間後に迫った小池緋扇の人形ワンダーランド【PR】

森本 康司 森本 康司

横浜生まれの90歳になる人形アーティスト 小池 緋扇先生が初となる横浜での大きな個展を開催する前に、小紙編集長が独占インタビュー。生まれてこの方、人形には興味を持ったことが無い大の男。そんな野暮な男でも時間を忘れるほど見入ってしまう、小池緋扇先生の人形。10月5日~9日の個展には、必ず足を運ぶだろうとインタビューを終えて感じました。

横浜市技能文化会館での個展が二週間後に迫った、人形アーティスト 小池 緋扇 先生。個展の準備で忙しくされている合間を縫って、インタビューに応じていただきました。

横浜生まれの小池緋扇先生。自身初となる、横浜での個展に向けた意気込みや、人形制作にかける想いなどを伺ってきました。

編集長インタビュー企画の第三弾は、人形一筋の人生で90歳を迎える人形作家 小池 緋扇 先生の独占インタビューです。

人形ワンダーランド

いよいよ二週間後に迫った個展。準備の程は?

小池緋扇先生インタビュー

個展の準備は、もう大分進んでいらっしゃいますか?
会場や運営面の準備は、だいぶん進んでいますが、私の方は全然ダメですね(笑

まだまだまだまだ、戦争のような状況です。

それは、展示をされる人形を制作しているという事ですか?
そうですね。”小池緋扇”を二つ作っていたのですが、それがようやく完成したって感じです。

会場で、最初と最後の挨拶を(私に代わって)する人形です。今回の個展に向け、新作を15点出展するのですが、そのうちの2点という事ですね。

15点も新作を?
はい、15点です。これは本来ならば15年かかる仕事のところを、この2年ぐらいでやるので大変でした。

今までの100体というのは、もう何十年もかけて作ってきたものですから、15点を2年で制作するというのは、大変なことでした。

通常1体のお人形を作るのに、どのぐらいの制作期間がかかるのですか?
(人形制作を教えている)生徒さんが作る場合は、一年に1体なんです。ただ、私はそれ以上できなきゃいけませんから…
ただ、どうしても工程というのは決まっていますので、工程を抜かすわけにはいきませんから、凄く時間がかかるんです。髪の毛一本一本植えるんですから…。
通常なら1体に1年ほどかかる人形制作。今回の個展に向けて、2年で15体の新作を制作したという小池先生。失礼ながら、事前にプロフィールを読み知っていたご年齢を感じさせないパワーを感じる。


今回の個展で展示される人形について

今回はどのぐらいの人形を展示されるのですか?
今回は120体ぐらい…、120体を少し超えるかも知れません。
そうすると、今回制作されたという新作15体と、それ以外にこれまでに作られた100体近い人形を展示されるということですね?
そうです。

今まで私は”江戸の粋”というものをやってきました。普通の人形なら作る人は、他にもたくさんいらっしゃいますけど、この”江戸の粋”というのは、私だけしか制作する人はいません。それをもう何十年とやってきました。

今度は横浜という事で、少し横浜らしい新しい要素を入れないとと思い、個展に向けて15体の新作を作ったという事です。

今回は、その”江戸の粋”という作品と新作があるということですね。
そうです。”江戸の粋”というのはストーリーが決まっていて、時代考証もしっかりとしていて大変なんですが、今度作ったものは横浜をイメージして”幻想的”で”夢のような世界”を自由気まま、私の思いのままに作っていますので、面白い作品になっていると思います。
先生の作品には、ストーリーがあるという。1体1体の人形に、どんなストーリがあるのか?それが気になり始める。


“江戸の粋”に込めるストーリーとは?

“江戸の粋”というのは一つのポーズにしても、結局のところ決まりというものがあるのです。

髪の毛は、この時代にはこれ。この頭には、この着物。この着物に対しては、この履物やこういった持ち物。こういうのは、(歴史があるから)決まっているでしょ?時代考証として。

なるほど!
ですから、時代考証を研究して制作したのが”江戸の粋”です。この(時代考証の)研究が大変なんですね。時代によっても髪型が違うし、髪型との組み合わせで帯の位置(高さ)が違っていてもダメになってしまうのです。

小池緋扇

今回の個展では、小池先生がこれまでに作ってこられた時代考証を経て決まるストーリーを持つ”江戸の粋”と、横浜をイメージして幻想的で自由な発想から作られた新しい人形を見比べることができることになる。

展示される人形1体ごとに物語が示される

展示会では、それぞれのストーリーがお人形毎に掲示されています。

本当は見る人によって、どんな考えを持ってもらっても、そのお人形からどんなストーリーを考えてもらって良いのでしょうけど、私はそれが嫌なのです。こういう想いで作っていますよってことを、必ず書くようにしているのです。

作り手の思いを知って、お人形を見るという事ですね。
それが私の特徴ですかね。それ(掲示するストーリー)に少し凝っていますので、なかなか面白く観ていただけるのではないかなと思っています。

お人形を観ながら、そのストーリーも読んでいただきたいと思っています。

そうすると、120体ものお人形が展示されるわけですから、1体1体ストーリーを読みながら観ていくと、時間が必要になりますね。
そうですね。以前、銀座で個展を開いた時は、朝来たお客様が夕方近くまでご覧になっていらっしゃることもありました。休憩しながら、次のお人形という風に。

そして、前からばっかり見ているのではなく、後ろから後ろ姿も観ていただく。私のお人形って、後ろ姿もまた素敵なんです。

小池緋扇先生インタビュー

1体毎に掲示される物語。そして前からだけではなく、後ろ姿も美しいというお人形。一つ一つのお人形にあるストーリーを読みながら、時間をかけて1体のお人形を観る。インタビューの間、写真集を観ながらお話を伺っていた私は、既に先生の制作するお人形に魅了され始めていた。

対する横浜のイメージの人形とは?

小池緋扇先生インタビュー

江戸に対して、日本人形に横浜のイメージとは、どのようなものになるのでしょうか?
いわゆる”幻想”ですから、少し夢のようなお人形になっています。普通ではなく、生活のないお人形になっていると思います。夢の中で考えられる作品ですので、生活は出来ないお人形といえるかと思います。
江戸のお人形の場合は、しっかりと時代考証もあり、実際に生活があったストーリーでお人形を制作していますが、横浜の場合は、あくまでも幻想、夢の中で考えてイメージになっています。


生まれた街、横浜では初めての個展

今回の横浜市技能会館の会場は、大きな会場なのですか?
120体ものお人形がストーリと一緒に展示され、そして前からだけではなく、後ろ姿も見えるように配置するには、それなりの広さが無いと置けないはず。そう思って、急に会場の事が気になって質問した。
十分な広さが、あります。約100坪ちょっとあります。

今まで、お人形(の展示)というのは、壁に沿って壁の前に置くというのが常識だったのですが、私は出来る限り後ろ姿も見て欲しいとかんがえているので、お人形の周りを回れるような展示の仕方になるようになっています。

横浜での個展は、何度目ですか?
初めてです。20数年…、いやもっと前になるしら?横浜高島屋さんの画廊でやったことはありますが、(個展というよりか)それは小さな回でした。今回のような大きな規模の個展は、横浜でやるのは初めてなんです。
これまでは、どこで?
銀座などの都内では、大きな場所で4度ほど個展をやったことはあるのですけど…


インタビューの時間も20分を過ぎたころ、お人形の話をする先生の顔が柔らかい表情になったと感じた。それはまるで、我が子の話をするときの母親のような表情のようにも感じられる優しい表情。

次第に和やかな雰囲気のインタビューとなり、今度は先生が人形に興味を持ち始めた頃のお話を聞くことにした。

人形制作を始めたきっかけとは?

プロフィールを読むと、先生は10歳の頃に人形作りに興味を持ち始めたとありますが、どのようなことがきっかけで人形に興味を持ったのですか?
私の小学校の女の先生が10人ぐらい、当時流行っていた通信教育で、お人形を作ってらっしゃったんです。それで、私が先生に呼ばれて教員室に行ったときに、先生方がお人形をみて大騒ぎしていたんです。それで「どうしたの?」と私が聞くと、先生が「これ作ったのよ」と…

それまでお人形って買うものだと思っていたに、作れるのかなって興味を持つようになったのがきっかけです。

とは言っても、10歳だった頃に人形を作る道具とか材料とかはどうしたのですか?
子供の頃に、いちま様(市松人形)というのが流行ったんです。私たちの子供の頃というのは、そのいちま人形を作り、母親が着物を縫って着せ替えたりしていたんです。

そうやって、小さいころからお人形は好きでしたので、家でお人形作りばっかりやって覚えていきました。

それにしても、わずか10歳の子供が…
小さい頃、少し身体が弱かった私は家にいることが多く、母親が編み物を教えてくれたりしていました。1年生の時に物差し袋、2年生の時に草履袋。そして3年で帽子を編みましたね。

それで学校の先生に、いちま人形を作るのを教わって…

ただ私は教わるより、考えるという事が好きだったので、自分でいろいろ考えて作るようになったんです。その頃に観た映画で女優さんが来ていたお洋服が気になって、それを自分で考えて作ってみたり。

それをみていた父が、浅草にあった材料店に連れて行ってくれて、材料を買ってくれ作っていました。ですから6年生ぐらいには、映画の主題歌を聴いて、そのイメージに合わせたお人形を作っていましたね。

その頃から、ストーリーがあるお人形を作っていらっしゃった?
そうですね、それが好きでした。いちま様に、ただ着物を作って着せ替えるという事ではなく、映画のイメージで作るという事が…
好きこそものの上手なれとは言うが、10歳の頃から既に人形作りをやっていたという小池先生。手先が器用という事ではなく、「好き」という情熱が様々な作品に繋がってきているのだと…

人形の話をする先生の表情を見ているだけで、どれほど先生が人形の事を好きでいるのか分かるような気がした。

インタビューを終えて

小池緋扇先生インタビュー

1時間にわたるインタビューの間、私が見ていたのは(失礼ながら)90歳を迎えようとするご婦人ではなく、お人形好きの小さな少女だったのではないか。そんな錯覚を覚えるほど、人形の話をする小池先生は優しい表情で答えてくれました。

人形を制作する時は、1日にどのぐらいの時間を使われるんですか?
集中したら、1時間でも一晩でも、何時間だって出来ちゃいます。だって(こちらに背を見せるようにしながら)私のこの背中が丸くなっちゃたぐらいですもの。集中したら徹夜だってしちゃうことがあります。
それはまるで、少女にインタビューをしていたかのような時間。人形が好きという気持ちで、ストーリーを持つ人形を制作する。それが80年という歳月を経て、生まれ故郷である初めてとなる横浜の地で、大きな個展の開催が2週間後に迫る。
お人形を作っている時、お人形が話しかけてくるんです。私は、こんなじゃないよ。もっと素敵な着物を着せて…

インタビューを終えた後、今回の個展に向けて制作したという、先生の代わりに挨拶をするという2体の”小池緋扇”を見せていただいた。

着物の部分の最終工程が残っているとはおっしゃっていたものの、表情や仕草などの人形としての大部分は仕上がっていた。先生のご自宅の2階にある教室スペースで、2体の”小池緋扇”を前に、大の男である私が時を忘れたように人形に見入る。

その美しすぎる人形の姿に時間が止まり、そこに人形と私だけの時間が流れたように感じた瞬間。

そんな感動を与えてくれた、小池緋扇先生の初の横浜での大きな個展は、10月5日~9日に万代町の横浜市技能文化会館で行われる。入場は無料。

120体ものストーリーを持つ人形が待つ会場。1日だけでは観きれないのではないか?そんな確信的な感情を持って、先生のご自宅を後にしました。

個展開催前の忙しい時期に、お時間を作っていただいた先生に感謝です。

人形ワンダーランド

この記事の著者

森本 康司

森本 康司編集長

関西に生まれ、学生時代をアメリカで過ごす。帰国から5年した頃に流れ着いたこの街が好きになり、2013年12月に関内新聞を立ち上げる。美味しいものに目が無く、あらゆる種類のお酒を飲むがバーボンが特に好き。近頃は、見様見真似でシェーカーを振ったり、料理をしたりすることが多くなった。お酒の空瓶で作るBottle Ware Artにハマっている。

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