カウンターの向こうでは、髪の長い女性がしっかりと脂の乗った肉を頬張ってるうえ、こちらでも今まさに美しい脂の照りのぶっとい肉を、まるで欧米人の食卓を輸入してきたような光景のなか、今にも頬張りはじめようとしている。
わかったよ…。
今夜の胃袋よ。お前はアレを求めて寒い夜空を彷徨ったんだな。
いや、違うか。腹が減ったと理性と理論で目は食べ物やばかりを見ていたが、どれほど空腹にその身が小さくなったと感じようが、胃袋よ、お前はアレを求めて、この店にたどり着くまで歯を食いしばったんだな。
これで正解だろうよ、今夜の胃袋よ。
この街で彷徨うようになり、この街に多く見られるBarには、高い確率で最高なまでものBarメシが存在すると、身を持って体験していた。仕事が遅くなり、スタートダッシュに遅れたとしても、もう良い調子になり始めている客に囲まれ、淋しく食事を済ますのではなく、今スタートしてもまだまだ宵の口ともいえるBarで食すBarメシで、腹も喉をも満足させる、そんなディナーにして欲しかったんだな。
荘加さん:
お肉をお召し上がりになりますか?お肉料理にはこだわりがありまして。バーテンダー以外に、以前は焼肉屋もやっていたことがありましてね。だからお肉は手を抜かずに、良い物をご提供したいと思っているんですよ。
荘加さん:
これはシャトーブリアンです。これほどに霜降りが綺麗なお肉は、そうそうはご覧にならないでしょう。Black Velvetでは、シャトーブリアンもお召し上がりになっていただけるように、基本的にはいつでもご提供できるようにしています。
凄まじぃな…。
これがBarで食べられるお肉だというのか。いや待てよ、Barだと思っているのは間違いなのかも知れんな。重厚感のある扉をくぐった瞬間に、放たれた妖艶な空間。薄暗い店内のカウンターの中で光る青紫の照明に、魔法に掛けられたようにBarだと見間違えているのかも知れない。
ち、違うか…。
胃袋にカイロだと、訳の分からない理屈で、空きっ腹にスコッチを流し込んだつもりが、実は脳に吸い込んでしまい、まともな判断が出来なくなっているからなのかも知れない。
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カ・ク・テ・ル♪
いや、ここは間違いなくBarであっている。そして、そう誤ったとしても、それは脳が正しい判断をしている証拠だとも言えるということだ。
Barであるかそうでないか。それを判断するのに、ここに美味そうなお肉、しかもシャトーブリアンを見せつけてきたから悩むということであれば、それは正しすぎる感覚。
と、同時に…。
Bar=(イコール)お酒を飲む場所であり、旨いメシはBarにはないと思い込んでしまっている、常識という名の勝手な思い込みが、正しい判断ができる脳でありながら、間違った想いを描いてしまっている結果だということに、この街に来るまでは気が付けなかった。
この街のBarには、Barメシがあるんだ!
Barでシャトーブリアンのくどくない脂に舌鼓を打ち、
Barでサーロインの脂の甘味を堪能する。
シャトーブリアンを塩で頂く喜びを覚えれば、サーロインには柚子コショウの風味で化粧してみる。
今夜は出ないのかと思いましたが、やっぱり出るようですよ。例の物も…。
