スポーツや音楽、さまざまなイベントの会場として利用された「文体」
文体(ぶんたい)と呼ばれて関内のランドマーク的存在になっていた横浜文化体育館は、4年間の建設期間を経て1962年(昭和37)5月11日に落成。2年後の1964年には東京オリンピックが開幕して、バレーボールとバスケットボールの予選試合の会場となりました。
プロレスが初めて開催されたのは、なんと開館直後の5月23日。力道山の試合でした。以来、横浜文体は「プロレスの聖地」としてファンに親しまれてきました。
8月28〜30日、文体で最後のプロレス興行が3日間連続でありました。コロナ禍での制限された開催のため、歓声が外へ響くという様子ではありませんでしたが、おそらく館内は観戦に詰めかけたファンの静かな熱気で満たされていたことでしょう。
28日はOZアカデミーの女子プロレス。29•30日は大日本プロレス。この試合を最後に横浜文体は58年の歴史に幕を閉じました。
新たなプロレスの聖地が関内に誕生
横浜文体が閉館になりましたが、関内のプロレスは新たな会場で引き継がれることになりました。7月に文体のすぐ裏にオープンした横浜武道館(翁町)です。そのこけら落としとして、スターダムの女子プロレスが8月22・23日に2連戦で開催されました。
横浜武道館は、外壁に羽板を使用した、日本建築の大屋根をイメージさせる繊細なデザインの建物です。文体は建て替えられて新施設・横浜ユナイテッドアリーナ(メインアリーナ、2024年完成予定)となり、横浜武道館はそのサブアリーナになります。
オープンして間もない横浜武道館の中を見学させていただきました。1階は16m×54mの広々とした武道場。柔道や剣道の試合場が4面取れる広さです。観客席は503席設けられています。
柔道場を設置する時に敷きつめる色鮮やかな畳もありますね。
武道場の脇には、こんな和室がふたつ。控え室などに使用するのでしょうか。
見学できたのは1階だけでしたが、2階は天井高14.5mのアリーナ、3階は約1000席の観覧席になっています。プロレスやボクシングなどスポーツイベント、また音楽コンサートをする場合には、アリーナに観客席を設置して最大3000人収容可能となっています。
成人式やコンサートなど、さまざまな思い出も
新横浜の横浜アリーナができるまで、横浜市の成人式や、クイーン、スティービー・ワンダー、ボン・ジョヴィなど海外のビッグスターの来日公演も文体で演っていたんですね。文体の前を通るたびに青春時代を懐かしく思い出していた方も大勢いたのではないでしょうか。
付帯施設の平沼記念レストハウスとともに9月6日に完全閉館。9月13日にお別れ施設見学会(事前申し込み制)が催され、解体工事開始は11月以降になる予定です。