夏が眩いほどに夏だと主張する気温が続いている。世間は夏休みに入っているというが、相変わらずの生活が続いている身にとっては、何も変わらない日常が続く。
昼間にたっぷりと汗をかき、しっかりと頭と身体を使ってやれば、夕方には必ずと言って良いほど、浮世離れした空間でまったりとした時間が欲しくなってしまう…。
久しぶりに飲まないか?
いつ振りだろうか?
そんなことを考えながら、アイツに声をかける。この数週間、すっかりと自由な時間をとることができていなかったおかげで、アイツを連れ出すことも少なくなってしまっていた。
ちょうどよく夏休み中だというアイツは、夕方にはこちらに出てこれるという。
それならばあと一息、残っている作業に精を出し、心も身体もどっぷりと浮世を離れてやるべきなのだろうが、いったんあちらに向いてしまった心は戻ってこない。
先に行ってやっていよう。
すっかりとスイッチが入ってしまった心に促されるように身体も支度を整え、頭と一緒になって今宵の素敵な時間を過ごす場所へと足を向かわせる。
横浜スタジアムから歩道橋を渡り、ビジネスホテル側から中華街に入っていけば、そこにこんな気分に打ってつけのBARがある。本当はアイツには教えたくない気もしていたが、場所が説明しやすいことも手伝って、この店を選ぶのに戸惑いはなかった。
BAR NORGE
確かこの店との出会いは、仕事仲間からの紹介だった。普段は人から薦められる店には行かないようにしていたが、大切にしたいと思えた時間を過ごさせてくれたから、ここだけは特別にしまっておいた。
観光客で賑わう中華街から一歩足を踏み入れれば、その瞬間から外洋に浮かぶ大型客船を感じさせてくれる空間に身を投じることができる。
パチンっ! とスイッチを切り替えるかのように、瞬時に雰囲気を味あわせてくれるのも、この店を大切にしていた理由だったのかも知れない。
火照った身体なのか、酸欠になっている頭なのか、このスイッチが入ってしまった今になって考えれば、理由は何でも良いのかも知れない。ただ当てもなく彷徨う客船の静かな雰囲気に身を任せ、ガツンとパンチの利いたバーボンで寛ぎの瞬間を味合うことができれば、それで良い。
店に入るといつも出迎えてくれる、皮に彫られた「WELL COME」の文字。
ガッツリと年季が入っているはずのこんな飾り付けも、古さを感じさせることはない。程よく照り光り、一目散にカウンターに腰を下ろしロックグラスを傾けたいはずの気持ちをなだめ、足を止めさせてしばし見入ってしまうほど。
一つ一つに意識を止め、一つ一つを心に刻み、全身でこの店の雰囲気に酔いしれたいところだが、このままではアイツが来てしまう。その前に、カウンターでバーボンをあおり、目を閉じて感じる海の上をツマミに、一日の疲れを癒して、別の一日を始めておきたい。