市川オーナー:
1年半ほど前から、このお店のオーナーになりました。
それまでに、様々な奇跡が重なり、今のこの場所があるのです。
20年以上前、まだ二十歳を過ぎたばかりの頃、この店に通っていました。
その当時は、この店を作った最初のノルウェー人のオーナーの奥様が、店をやっていました。
本当に雰囲気の良いお店で、このお店で飲むのが好きだったんです。
そして、いつか自分もこんな素敵なお店が持てたらなぁと、漠然と考えていたんですね。
確かに…。
今のこの店の雰囲気が、当時のままだとすれば、20年以上も前にこの雰囲気を持っていれば、それは最高に素敵なお店だったに違いない。
でも…、いや、しかし…。
なぜ、通っていただけの当時二十歳そこそこの若い男が、今こうしてこの店のオーナーになっているんだろうか。
着こなすスーツ姿。カウンターに座り、グラスを見つめる眼差し。
その素敵なまでに整った仕草を見ると、もしかするとこのオーナーもバーテンダーなのかも知れないと思わせられるが、それだったら、カウンターの中で素敵なドリンクを作っているだろうに…。
…、ん!?
な、なんだ。
この店の持つ時間の感覚を操る謎を解いていこうとしている横で、コイツは更にまだオーダーするつもりか?
スラッと伸びた綺麗な指を持つバーテンダーが、また新たなドリンクを作っているが、この空間には他の客はいない。
普通ならそんなことの一つ一つに驚くことはないが、既に2杯のカクテルを空けている後だ…。
珍しいこともあるもんだ…。
中村さん:
何か果物のカクテルということでしたので、この季節の旬な果物「スイカ」を使ったカクテルです。
スイカの果汁をウォッカで割った…、スイカのソルティードッグですね。
グラスのクチ半分にだけ、ソルトをまぶしていますので、その味の違いをお楽しみください。
いや、それにしてもよくお飲みになる日だな。
普段なら1、2杯飲んだら酔っぱらうなんて言っていたが、この店の魅力にとり憑かれて、酔いを酔いと感じなくなっているのだろう。
それが良い酔い(ヨイヨイ)というもんだ…。
パクパク隊:
う~ん…。スイカ!
って、ちょっと、いまシレェ~ッといったけど、何かおかしなこと言わなかった?おやじギャグ??
良いんだ、そんなところをワザワザ拾わなくて…。この店に入ってから、オーナーを始め美しすぎるほどの仕草を持った男たちに囲まれているんだ。その雰囲気に合わせて、ここまで一つもボケることなく、ニヒルな装いを保ってきたんだ。
その無理がちょっと顔を出してしまっただけなのさっ。
そんなことより、せっかくオーナーから良い話を聞き出せそうなんだ。そっちはそっちで静かにやっててくれないか。