あの時も、今のようにこうして、絶妙のタイミングでオーダーするかのように、マスターの次の瞬間を見計らっているようだった。
これほどまで色々と繊細なところまで、手を抜かずこだわり抜かれている店には、客としても、そのこだわりに合わせた所作が大切だ。と、どこか彼女の仕草が教えてくれているようだった。
いつものバーボンを少し飲んだところで、今度は胃袋の虫が騒ぎ始めていることに気が付き始める。
綺麗な黒が、ちゃんと黒板らしい黒になっているメニューボードに、これまた折り目正しい几帳面な字で、マスターが何かを書き始める。
この店に来てから、Barでも美味いフードが食べられるんだと驚かされた。それ以来、Bar選びの一つの楽しみとして、Barメシが美味いという項目を増やしたんだ。
とろとろ卵のオムライス
マスターが書き込んだ、今宵のメニュー。きっと、今の胃袋の虫が求めているのは、日本人にとり親しみのある洋食なメニューなのかも知れない。
おっと…!
流石、マスター。動きに全く無駄が無い。黒板にメニューを書き込んだと思ったら、今度は彼女のドリンクを作りだす。
ワイングラスに、丁寧に丸く削られた氷を入れる。同じ大きさの丸氷ではなく、ワイングラスの中でちゃんと整列されるように考えられた、大きさが少しずつ違う氷を選び、丁寧に収めていく。
そのグラスに今度は、レモン・ジュースを優しく注ぎ、
その上から、ガムシロップをゆっくりと載せていく。
一点に集中した視線はグラスへと注がれ、ピクリとも動かない手に持たれたそれぞれのボトルの口は、絹糸を紡ぐんでいるように液体をグラスへと送る。