なのにも関わらず、腰を下ろしたカウンターからは、バーボンを探すために視線を送っているのか、カウンターに置かれた洒落た時計に見とれているのか、この店の徒ならぬ居心地の良さに、一つ一つに時間を忘れてしまう。
何かを競いに来たわけでも、忍耐力を鍛えに来たわけでもないが、やっとの思いで我に返り、いつものバーボンを見つける。そんな簡単なことにも時間をかけさせてくれるのも、この店の憎いぐらいの計らいなのだろう。
男が一人、自分を磨きにやってくるのがBARでなくてはならないのか…。
バーテンダーの中村 英吾さん
中村さん:
お決まりですか?
あぁ、決まったよ。
決まったも何も、本当は最初から決まっているんだ。いつものバーボンを飲んで、静かにアイツを待っていようと、この店の看板を見た時から決めていたんだが、一歩進む毎に心を奪ってくれる、この店の一つ一つに時間をかけられ過ぎてしまっていただけなんだ。
そうそう。
バーボンのロックには、この丸氷がかかせない。いつかのBARでも囁いていたかも知れないが、カウンターで男が一人バーボンに耳を傾ける時には、この丸氷を思わせぶりにクルクルと回しながら飲むと相場が決まっている。
氷を回しながら、この一日の出来事を振り返り、また酸欠になった脳に新しい酸素を送り込むかのように、深いため息と一緒にバーボンを口にすれば、身体の隅々までいきわたる冷たい感触が、新たな活力をみなぎらせていく。
ふぅぅ…。
この店にいると、どれだけ時間が過ぎてしまったのかの意識がなくなるな…。