もう少し飲んで帰りたいな…。
そんなことを言いだしたのは、あの子の方だった。
沖縄料理と泡盛で調子が良くなり、勢いに乗ってしまったのかも知れない。
参ったな…。
こちらは、そんな気分にはなれない。
さっきまで賑やかな雰囲気で泡盛を飲んでいたんだ。出来ればゆっくりと静かに一人で飲み直したい気分だ。
仕方がない。
まだあの子には教えたくない場所だが、さすがに泡盛を飲んだ後だ。ちょっとは、静かに飲んでくれるだろう。こっそり一人で行こうと思っていた関内ホールの向かいのBarに、仕方がないからこの子も連れて行くとしよう。
それにしても、良い季節になった。
程よく酔い火照っている頭を覚ますには、宵の薄暗さが迫る街をゆっくりと次の店に向かって歩くのが良い。目指すのは馬車道。日が長くなりつつあるこの時期は、馬車道のランプの柔らかい灯りが特に美しく感じる。
その灯りにうっとりした気分になったら、関内ホールの正面玄関前で空を仰ぐ。
それが合図。
この街に闇が薄暗く迫る頃、関内の小さな空に赤いネオンを見つけることができる。
M’s Bar
そうだ、ここなんだ。
ゆっくりとした空気で、優しく酔い直す場所。会話が無くとも、馬車道を行き交う人の後姿を見下ろすだけで、それがまた最高のつまみになる。
古めかしさが、丁度よく歴史を感じさせてくれる建物の3階。そこは、通りを激しく走り抜ける車の音をも、静かに消してくれる場所。
そして、そこへと上がる階段の入口を見つけるサインは、シンプルで控えめに店名だけが書かれているこの看板だった。
気を付けて上れよ。
フラフラと後ろを歩いてくるあの子に、心の中でそっと呟くも、それは言葉にしない。
この階段を上れないほど酔っているのであれば、あの場所へは連れては行かない。
優しく飲み直す。
その気分を誰にも邪魔されたくないんだ。
よぉし…、いよいよだ。
あの子も転ばず、静かについて上がって来ているし、あの扉の向こうにある素敵な空間に身を投じるとしよう。
これが正しくあるべき雰囲気
歩き踏むと、歴史できしむ音がしそうな床。壁の掛けられるアンティークの振り子時計に、ウィスキーの味のあるポスター。
そして極め付けが、この雰囲気を作り出す主役ともいうべきテーブルランプ。
一つ一つが歴史を感じさせ、そして一つ一つが味をだし、この店で過ごす優しく酔い直す時間を保証してくれる。
奥のテーブル席
座る場所は、もう決まっている。