一つ一つに洗練された動き。その渋すぎる姿からは、想像もつかない華麗な手つき。
それは見ていて男惚れさせるほど美しく、ゆっくりと流れる心地よい時間のアクセントとして、無くてはならない存在。この店の愉しみ方の一つとして、このマスターの素敵な動きに見惚れてしまう時間を過ごせば良い…。
そうそう…。忘れてはならない最後の仕上げ。
さっき彼女が物思いに耽ながら、あの謎解きをしてくれた、カウンターに開けられた丸。そこにゆっくりとワイングラスを置いて、初めて一連のストーリーが終焉する。
アメリカンレモネード
本当に時間が止まっているな空間だ。それとも、あの時の初めてこの店に来たという記憶は、もしかして夢なのだろうか?うまい酒と料理、それに音楽と一緒に楽しむ、このマスターの洗練された動きで、時間だけでなく記憶まで止まってしまったように感じる。
まだ1杯目のバーボンで、それほどまでには酔っていない。
なのにこの不思議な感覚はなんなのだろうか。この光景は、前にも見た気がするが、それが現実世界で起こったことだったのか、夢の世界で見た記憶なのか…。
彼女のオーダーしたアメリカンレモネードを作るマスターの手つきに見とれ、オーダーしたか、そうでないかも分らないぐらいになってしまった感触をかき消してくれるタイミングで、マスターがそっと差し出してくる。
とろとろ卵のオムライス
メニューの冠につけられた、とろとろ卵が、そっと綺麗なデミグラスソースの海に浮かぶ。今はまだ卵のフワッと優しい衣装で、その存在が確認できないが、きっとそこには数々の名わき役たちを従えるにふさわしい、主役のライスがそっと出番を待つ。
ん、んっ!
黒板にメニューを書き入れるマスターに見とれていた後ろから、彼女もあの姿を見ていたのか。間接照明だけの少しセピア色の止まった時間の中、瞬間的な2つのインスピレーションが起こしたマリアージュ。
直感的に彼女も同じものを頼んでいたみたいだ。